真実 -7-

文字数 1,527文字

 スーツに身を包んだ男たち。ビジネスカジュアルとは名ばかりの、ただの私服を纏う女たち。彼ら彼女らがパソコンに向かい合うオフィスの中。そこのお誕生日席に『俺』はいた。俺の横に、若い男性が緊張した面持ちで立っている。西村だ。

 これは、以前に見た過去の映像だ。俺が西村を追い詰めた時の……。

「……課長」

「何?」

 つっけんどんに返した『俺』。西村は一瞬びくりとするが、何とか言葉をつなぐ。

「本番稼働、今日中は、難しいと、思います」

 『俺』は腕時計を指さし、大きな口を開けて彼を睨みつける。

「今何時だと思ってるんだ!? 出来ないなら何で早めに言わないんだ! 先方が待ってるんだぞ」

「すみません……」

「明日には必ず仕上げること。分かったな」

「はい……。今晩、徹夜して、明日の、昼には……何とか」

 西村が肩を落として自席に戻る中、『俺』は電話をかけ始めた。

「お世話になっております。磐田でございます。大変申し訳ありません、本日リリース予定だったんですが、本日中は難しく……明日のリリースとさせていただけないでしょうか。ご迷惑おかけします。はい、はい。……ありがとうございます。それでは、明日には必ずリリースいたします。この後、直接伺ってお詫びさせていただきます。はい、失礼いたします」

 『俺』は電話を切った。その後、『俺』は定時過ぎにさっさと会社を出て行った。

「明日までには何としても仕上げておいてくれ」

 西村にそう言い残して。

 西村が必死にシステム開発を進める中、『俺』は菓子折りを持って先方に謝罪に行っていた。ひたすら謝罪をした。納期を守れなかった理由を問われると、西村の名前は出さず、自分の責任だと言った。自分の管理が行き届いておらず、きつめのスケジュールにしてしまった。今優秀な社員が必死に対応してくれているので、明日には間に合う、約束する。先方は謝罪を受け入れ、菓子折りを受け取ってくれた。

 その帰り道、自社に電話を入れた『俺』は、大戸に頼みごとをした。

「西村に無理させちゃってるから、夜食を差し入れしてあげてくれないかな。もちろん後で清算するから。あと、西村には俺から頼まれたって言わないで。大戸さんから、って言った方が喜ぶと思うから。面倒かけて申し訳ない、頼みます」

 大戸が夜食を差し入れたのは、俺の指示だったのだ。

 場面が変わった。『俺』が夜の歩道橋を一人で歩いていた。駅ビルの電工パネルに「2020年3月6日(金)22時33分」の時刻が表示されている。薄手のコートに身を包んで歩く『俺』と俺がすれ違う。これは初めて見る場面だ。

 きっと、これは俺にとって重要なシーンだ。直感でそう思った。俺は『俺』の後をついて歩く。ブレーキランプの赤がまばらに歩道橋の下を通りすぎる。『俺』は階段に差し掛かる。

 『俺』が階段を降りようと踏み出した時。反対側の階段から突然影が現れ、『俺』の背中に体当たりした。『俺』はバランスを崩し、階段を転げ落ちていく。頭を打ち付ける直前、その影を捉えた。それは、痩せこけて目が落ちくぼんだ西村だった。

 俺は階段の上から、自分が転げ落ちる様を見ていた。隣にいる西村は、焦点の合わない目でぼうっと立ったままだ。そこへ、影がもう一つ。

「あれ? 西村君?」

 大戸が俺の後ろから姿を現した。西村はぼうっとしたままで反応しない。

「どうしたのこんな夜中に。西村君の家に行く駅こっちでしょ? ほら、そんなところで立ってたら風邪引いちゃうよ。行こう。Tシャツだけで寒そうよ」

 大戸は西村の手を引いて、『俺』とは反対側の階段を下りて行った。西村の体調や近況を聞きながら、優しく微笑みかける彼女。『俺』の死体と、遠ざかる二人の間で、俺は『真実』を知った。

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