禁忌 -3-

文字数 1,192文字

「おお、珍しい。今日は全員でお出迎えですか」

 ピシッとフォーマルスーツを着こなし、白髪交じりの髪をワックスで固めるというザ・中年サラリーマンといったコーディネートで現れた男が、人の好さそうな微笑みを浮かべて俺たちの顔を眺める。遠藤に初めて会ったときは、ひと癖ありそうな笑顔にかえって不信感を募らせたものだが、それに比べたら無害そうな印象だ。

「ご挨拶が遅れました。私は『うらめし屋』本部の内部監査室に所属しております、白砂春男(しらすな はるお)と申します。どうぞよろしく」

 そう言って一礼する彼に、俺たちもそれぞれ「よろしくお願いします」と返した。

 本部だの内部監査室だの、現世の組織じみたワードだ。白砂が実施する内部監査の内容は分からないが、現世の常識を持ち込むなら、マニュアルから逸脱した事をしていないか、不祥事を引き起こすようなリスクを抱えていないかといったチェックを行うということだ。

 俺は違和感を拭えなかった。霊界において不祥事もなにもないだろう、というのもあるが、それだけじゃない。彼の職業も一つの仕事の形には違い無いのだろうが、人の役に立っていれば何を生業にしようが自由という霊界に対して、型にはめるという矛盾を産み出す異端なものに感じたのだ。俺の不信感が伝わったのか、白砂は努めて明るく振る舞う。

「どうか警戒なさらずに。私は別に皆さんをとって食おうと思っているわけではありません。内部監査とは言っていますが、確認事項はたった一つです。『念』で変なものを出していないか、ということを確認させていただきます」

 変なもの? その説明じゃ、ざっくりしすぎていて分からない。他のメンバーも同様だったようで、眉をひそめたり首を傾げたりといった反応をしている。そんな中、森がおずおずと手を挙げて発言する。

「変なものって……。えっと……例えばっすけど、大人の本……とかっすか?」

 この空気の中でよくその例を出せたな。

「ちょっと~! あんた部屋で何してんのよ~!」

「例えば、ですってば!」

 虎尾が汚いものを見るような目で睨む。森が手を振って弁明するも、睨みは強くなる一方だ。森の隣に座っている俺も、直接ではないにしろ正面から虎尾の睨みを浴びているので大変つらい。

 このやり取りを見ていた白砂がくすくすと笑って間に入る。

「まあ、それくらいはいいですよ。別に、ご本人が見るだけなら害は無いでしょうしね」

「いや、マジで例えっすから! 別にオレが見てるわけじゃないっすから!」

 微妙にフォローになっていなかった白砂。虎尾がこれ以上口を出すことは無くなったが、相変わらず森への睨みは続いている。俺も巻き添えにするのをやめてほしい。

 空気をぶち壊した森の例え話だったが、これでメンバーの肩の力は抜けたようだった。だが、遠藤だけは緊張した面持ちだった。いつもならニコニコ笑って対応するはずなのに、珍しいこともあるものだ。


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