別れと選択 -12-

文字数 1,633文字

 俺たちはその後、健人に霊界のルールを伝えた。霊界では仕事をして役に立つ必要があること。そうすれば霊体を維持できること。これは俺も初耳だったが、すでに消えてしまった身体の部位も、仕事をするうちに元通りになること。これらを聞いたうえで、健人の結論はすぐに出た。

「『審判の門』へ行きます」

 大方のメンバーはその答えをある程度予想していたのか、何も言わなかった。だが、森はかなり反対した。

「別に消えるわけじゃない。そこへ行けば、転生して新しい命になるんでしょう? それならいいじゃないですか」

「お前、生きてるときは何もかも我慢してただろ! せめて、やりたかったこと何かやってから行ったっていいだろ……!」

「やりたかったことと言われても、特に浮かばないんですよ。我慢しすぎて麻痺してしまったのかもしれません。しいて言うなら、未だに僕を蝕んでいるこの記憶とおさらばしたいってくらいですかね」

 霊界に来る者は、生前の記憶を全く持たない者、一部を持っている者、全て持っている者に分かれる。俺は一部の記憶を、健人の場合は全ての記憶を持っていた。俺は自己防衛のために都合の悪い記憶を失くしていたが、健人はその自己防衛の機能すら働かないくらいに深いところに嫌な記憶が根付いてしまった。死んだ後も、苦しみ続けたことだろう。その記憶とお別れすることが、健人にとって最善の選択だったのだ。

「美加もあんなことになってしまって、僕には何も無くなってしまいました。最後の最後くらい、自分で決めたい」

「健人……」

「そんな顔しないでくださいよ。騒がしくしてくれないと、こっちの調子が狂う」

「本当に口が減らねえな、お前は……」

 いつもより元気がない反論。いくら悪態をつかれても、健人たちのことを一番案じていたのは森だ。何とかして幸せにしてやりたいと願う気持ちは、俺たちも知っている。できれば健人のままで幸せにしてやりたかった。だが、本人の選択を尊重することが、俺たちにできる精一杯の応援だ。

 遠藤が戻ってくるまで、健人はみんなに囲まれた。森に悪態をつき、虎尾に抱きしめられ。口では迷惑だと言いながら、表情は穏やかだった。現世で得られなかった、見返りのない友情や愛情に触れ、少年の心を癒した。願わくば、次に生まれるときは、今度こそ幸せになるように。メンバーたちのそんな思いが、健人を包んでいるようだった。

 いつもの微笑みを浮かべた遠藤が戻った。遠藤は全てを察したようで、全員の顔を見渡した。

「お別れは済みましたか?」

「はい。あんまりゆっくりしてると、あの二人が来ますからね。すぐにでも連れて行ってください」

「分かりました。『審判の門』は現世での行いを充分に考慮して、次の命に変えてくれる場所。健人さんなら、次はきっと良い環境に恵まれるはずですよ」

「そう聞くと、僕の前世はきっとろくでもない人生を送ってくれたんでしょうね。全く迷惑な」

 転生前の自分にすら悪態か。こいつらしいな。森は明らかに無理していると分かる作り笑顔で、健人を抱く。

「健人……。元気でな、ってのも変だけど、元気で」

「生まれ変わった後のことはお約束はできませんが」

「はは……そうだな」

「あなたは言われずとも元気でしょうけど、一応言っておきます。……お元気で」

「ああ……」

 感傷に浸る森を押しのけて、虎尾が健人を抱きしめる。

「あ~、久々に可愛い子が来てくれたと思ったのに~! 寂しくなっちゃうわ~。生まれ変わったあなたの幸せ、おばさんここから祈ってるからね」

「ありがとうございます。僕が生まれたときには祖母はどちらもいなかったので、おばあちゃんに会えたみたいで嬉しかったです」

 一通り別れの挨拶を終え、健人は一礼した。そして、遠藤に連れられて『辻』の向こうに去っていった。

 それからほどなくして、現世のとある場所で男の子が生まれた。子煩悩な父親と、厳しさと優しさを兼ね備えた母親に育てられ、たくさんの愛情を注がれながら幸せな人生を送ったそうだ。


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