別れと選択 -7-

文字数 1,221文字

「へ……? 今、消すって……?」

 森がポカンとして言う。森だけじゃない、全員同じ思いだ。こいつら、最終通告に来たんじゃないのか!? いきなり健人を消すっていうのか!? 遠藤は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。

「お待ちください。ただ今の発言は、どういう意味でしょうか」

 スーツは微動だにせず指先一つ動かさない。セーラーは遠藤の椅子に勝手に座ってくるくる回っている。この対照的な二人が生み出す独特の空気の中、遠藤は怯まずに詰め寄る。

「健人さんは先ほど霊界に来たばかり。最終通告すら受けていません。それなのに、強制連行どころか、消してしまうとは。適切なプロセスを経ているとは全く思えません」

「適切なプロセスねえ。身体が消えるまでほったらかして、挙句の果てに悪霊にしちゃうのが、あんたの言う適切なプロセスなの?」

 椅子の背に顎を乗せ、いたずらっぽく笑うセーラー。美加の件を出されてしまったら、さすがの遠藤も反論できない。

「健人って子だって、どうなっちゃうか分からないよ? 明日には悪霊かもね。生きてる時も、死んだ後も、ショックなことしかないもんね」

「悪霊になれば、現世で不幸になる者が現れる。その前に手を打つべき、というのが我々の考えです」

 それを聞いて、俺の何かが切れた。心のどこかで、下手に抵抗したら自分が消されると思い、動けずにいた。遠藤のように奴らに向かっていけなかった。だが、そんなのはどうでも良くなった。

「ふざけんな……! あいつは確かに辛い思いばかりしてきた。美加とあんな形で別れて、今だって苦しんでる。だけどな、あいつは他人を不幸にしたことなんて一度もない! あいつに会ったことも喋ったことも無いくせに、好き勝手言ってんじゃねえ!」

 自分でも驚くほどの大声で噛みついていた。たった二回でも、健人や美加と会い、話し、歩いて、俺はあいつらの痛みや苦しみに触れた。生意気な口を聞いても、人の話を聞かないわけじゃない。正論を言われれば受け入れるだけの器は持っている。あいつは自分が傷つけられても、他人を傷つけたことはない。それを知らない奴らに、上辺だけの情報で健人が危険人物扱いされたことが許せなかった。

「そうっすよ! あいつは親にさんざん都合よく使われたこと覚えてたけど、親を呪ったりしなかった!」

 森が加勢する。佐竹も何を言っているかは聞こえないが、森に並んで反論している。橋本と虎尾も黙っていない。

「私も彼らと同じ意見です。あの子は消されるような事はしていません!」

「あたしもよ。今日会ったばかりだけど、悪い子じゃないのはすぐ分かったわ」

 遠藤が改めて向き直る。

「今は我々が健人さんの保護者です。あなた方が不当な行為を続けるなら、我々は黙っていません」

 セーラーが大げさにため息をついて椅子から立ち上がる。遠藤に歩み寄り、下から偉そうに指をさす。そして、とんでもないことを言った。

「霊ですらないあんたが、偉そうなこと言ってんなよ」


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