記憶 -1-

文字数 1,434文字

「うあ゛ぁあああ゛ぁあ゛!!」

「キャーーーー!!」

 薄暗い、骸骨や気味の悪い棺桶が並ぶ狭い部屋。血まみれ男爵こと俺から悲鳴をあげて女二人組が逃げていく。俺はお化け屋敷で来客を驚かすという重要な任務をこなしている真っ最中だ。今回も大成功で何よりだ。

「磐田さん、バッチリじゃないっすか!」

 そう言って親指を立ててきたのは、この現場での相棒、森。今は『念』で腐乱死体の姿だ。死んでいる俺が見ても気持ち悪い。

「おかげさまで、だいぶ慣れましたよ」

 個性的なメンバーの教育の賜物か、俺は空中浮遊だけでなく、こうして化け物の姿に変化できるくらいには『念』を使いこなせるようになった。

「ここのお化け屋敷、かなり怖いって巷で有名になってるみたいっすよ。磐田さんのおかげっすね!」

「俺より森さんの方が怖くないですか?」

 見た目が。皮膚溶けてるし。眼球垂れてるし。

「そうっすか? いやー、そんなこと言われたらオレ張り切っちゃうなー! お、また新しいお客さん来たみたいっすね! じゃ、いっちょかましてやりますか!」

 それぞれ配置に着く俺達。森の出番が先だ。一組のカップルが恐る恐る部屋に入ってきた。森が彼らの背後に忍び寄り、スタンバイする。部屋のモニターに映している映像が終わったら、森の出番だ。

 モニターを見つめる二人組には姿が見えないように『念』を調節し、二人の様子をうかがう。映像が乱れ、一瞬強く光ったかと思うと、ゾンビのドアップになって画面が真っ暗になる。ゾンビによってカメラが壊されたという設定なので、その演出だ。ここで森が動く。

「ぐあぁああ……あ!?」

 森のドジが発動。背後からうめき声をあげ、逃げる二人を追いかけるはずが、登場直後に派手に転んだ。腐乱死体に忠実に化けていたため、臓物がその場に散らばる。

「ギャーーーー!!」

 カップルは耳をつんざくような悲鳴をあげて逃げて行った。俺の出番なし。

「痛てて……やっちった。だけど、怖がってたから、いっか」

 ポジティブなやつだ。

「お、休憩時間っすね。少し休みますか!」

 そう言って森は変化を解く。いつもの快活な雰囲気の茶髪の若者に戻った。こうしていれば普通にモテそうなのに、ドジっ子属性と行き過ぎた変化のせいで残念な感じになっている。とても残念だ。

 俺もいつもの姿に戻り、壁をすり抜けてスタッフの控室に入った。小道具や衣装の山に囲まれた部屋の壁際に位置するデスク、そこに置かれたパソコンと睨めっこしている女性がこのお化け屋敷の責任者である稲田暁子(いなだ あきこ)だ。

「森君に磐田さん、お疲れ様ー! 休憩かしら?」

 彼女は生きている人間だが、俺達の事情は把握している。本物の霊を雇用する破天荒レディだ。

「うっす! 休憩入ります!」

「お疲れ様です」

「お陰で今日も大繁盛よー! とてつもなく怖いって有名になっちゃって。ほんと助かってるわ~」

 しかもお給料払わなくていいなんてラッキー、と小声で言ったのも聞こえているが、気にしていたら身が持たない。スルースキルは世渡りには必須だ。

「オレも楽しくやらせてもらってるっすよ! まさか、死んでもここで働くとは思ってなかったっすけど」

 そう、森は生前ここでアルバイトしていたらしいのだ。死んだはずの森が霊となって再び姿を現したときには、さすがの稲田も驚いたそうだが、すぐに「本物の霊を雇えたら、本物の霊がでるお化け屋敷って有名になるかも。これはビジネスチャーンス!!」と思い至ってすぐに雇い入れたそうだ。強すぎだろう。

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