うらめし屋へいこう -6-

文字数 1,345文字


「あの、何か準備するものとか、持っていくものってあります?」

 キョトンとする彼女。あれ、俺、何か変なこと訊いたかな。そう思っていると、彼女は腑に落ちたといった顔をして笑顔を向けた。

「そっか。磐田さん、霊界に来たばかりだもんね。現世にいた時を基準に考えちゃいますよね。あ、ごめんなさい。磐田さんが変ってことじゃなくて、私がもう霊界に慣れすぎちゃって、現世で生きてた時の感覚が鈍っちゃってるから」

「特に準備や道具は必要ありません。生きた人間がお化け役をやるのであれば、赤い塗料を塗って血まみれの状態を演出をしたり、白装束を着たりするのでしょうが、我々にその必要はありません。全て『念』で演出できますから。もちろん、磐田さんはまだやり方が分からないと思うので、そのあたりも橋本さんから手ほどきを受けるといいですよ」

 彼女に代わって、遠藤が俺の質問に答えた。『念』って便利すぎだろ。大方のことは『念』で解決するんじゃないかとさえ思い始めてきた。

「よし! じゃ、磐田さんだけのために、人肌脱いじゃおっと」

 サムズアップする橋本。その言葉と仕草に少なからず浮ついた俺の心を、一体誰が責められようか。そして、こういう期待は外れるというのが現世の常識。その点は霊界でも共通しているのだった。
 「えいっ!」という掛け声とともに、橋本の顔がみるみる爛れていき、手足は黒ずみ、皺だらけになり、着ていた花柄のワンピースは白装束に変わった。

「!!」

 可愛らしい掛け声からは想像できない変わりように、俺は驚きを通り越して声が出なかった。それどころか、身体も思考もフリーズしてしまった。目の前にあった華が、突然見るもおぞましいお化けに変わり果てたのだ。

「ふふっ。磐田さん、怖がってる~!」

 化け物姿の橋本が、その姿には似つかわしくない可愛い声で嬉しそうにはにかんだ。怖い。その姿で笑わないでくれ。

「いやあ、相変わらず素晴らしい迫力ですねえ。さすがは、うちのエースです」

「ギャップ萌えならぬギャップ怯え作戦、大成功!」

 萌えと怯えじゃ好感度のベクトルが真逆だ。生きてたら心臓止まってたかもしれない。生きてなくて良かった……ってそれは違うか。もうわけわからん。

「綺麗な花には毒がある、ということですねえ」

「もう~、遠藤さんったら。褒めても何も出ませんってば!」

 それを言うなら毒じゃなくて棘な。でもこの場合、毒の方がぴったりだ。というか、褒めてるのか、それは。少なくとも今のあなたは、間違いなく毒のほうだ。いい加減その姿でキャピキャピするのやめてくれ。恐怖が増すばかりだ。

「橋本さん、そろそろ元の姿に戻ってあげないと。磐田さんが固まったままですよ」

「怖がらせすぎちゃったかな? 今戻りますね。えいっ」

 毒が華に戻った。俺はようやく緊張が解けた。自分が霊なのに金縛りに遭ったぜちくしょう。ワンピース姿の美人バージョンの橋本が、人差し指を立てて説明ポーズをとる。

「というわけで、別に道具なんて使わなくても、お仕事できちゃうんですよ。分かってもらえました?」

 俺は首が取れるんじゃないかというくらい何度も頷いた。分かったから、できればもう二度と目の前で化けるのはやめてほしい。まさか俺の質問から、ここまで驚かされる事態になるとは。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み