インターン実習 -1-

文字数 1,094文字

 扉の奥に連れ込まれた俺は、360度光に囲まれ、自分の身体すら見えなくなった。腕を掴む橋本の手の感触が、恐怖でおかしくなりそうな俺の理性をギリギリ繋ぎとめている。

「橋本さん!? これ大丈夫なんですよね!?」

「大丈夫ですよー。いつもこうだもん」

 姿は見えないが、声は聞こえる。だが、先が見えず、戻ろうにも自分がどこにいるかも分からない光だけの空間で、俺の不安は高まるばかりだ。

「磐田さん、怖かったら目閉じてた方がいいですよ!」

「え? うわっ!?」

 橋本が言い終わるとほぼ同時に、光の壁がグラデーションになり、急激に身体が引っ張られる感覚に陥った。視界の先で色が目まぐるしく入れ替わり、俺は光の外へと放り出された。

「到着ー!」

 橋本の明るい声に、いつの間にか閉じていた目を開けた。高層ビルが立ち並び、道路が交差し、舗道には等間隔に樹木が植えられている。自動車の騒音と雑踏からのさまざまな声が聞こえる。赤信号で止まったタクシーの前の横断歩道を、サラリーマンや学生、ベビーカーを押した母親が一斉に渡り始めた。見上げると、ビルの隙間から青空とわた雲が垣間見えた。

「どう? びっくりしました?」

 俺の視界に横から入ってきた橋本が言う。空を見上げていた俺より高いところから見下ろす彼女の足は地面を離れ、ふわふわと浮いている。

「ちょ、橋本さん! まずいですって! ここ、現世でしょう!?」

 キョトンとしつつも、ふわりと地面に降り立ち、本来の背丈に戻った彼女が指をさす。

「私たちの姿、生きてる人には見えてないですよ?」

 彼女の指さす先、よく磨かれたビルのガラスには、俺達の姿は映っておらず、花壇や舗道を歩く人が映っているだけだった。

「あ……。俺達、死んでるんだった」

「うん。だから、心配いらないですよ。まあ、生きてる人の中にも、たまーに視えちゃう人がいるみたいですけど」

 視える体質ってやつか。心霊番組に出てるような奴らは、正直胡散臭いけど、実際にいるにはいるんだな。何はともあれ、取り越し苦労だったようだ。

「すみません。なかなか現世の常識が抜けなくて」

「まだ霊界に来たばかりだもん、それが普通ですよ。それより、仕事前にちょっと寄り道してもいいですか? 私、街を見て歩きたくて!」

「え? あ、はい。でも、仕事はいいんですか?」

「大丈夫! 夜になったら、仕事するから! 昼の間は現世をデートしましょ!」

 そう言って、街のブティックに歩いていく橋本。出会ったばかりなら、デートという単語に心躍ったかもしれないが、毒になった彼女を見たせいかうそんな気は全く起こらない。期待は裏切られるものだということを学習した。
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