別れと選択 -2-

文字数 1,159文字

「消えちゃうの、怖い……」

「美加……」

 健人は振り向いて美加の顔を覗き見る。消えても構わないというのは健人だけで、美加も同意見というわけではなかったのだ。

「お兄ちゃんが消えちゃうの、怖い」

 美加は自分が消えることではなく、健人が消えることを恐れていた。思いやりのある子だ。美加の優しさ、それが二人をここから連れ出すための突破口になるかもしれない。橋本がたたみかける。

「そうだよね。怖いよね。消えちゃうの、嫌だよね。私たちも、二人が消えちゃうのは嫌なの。だから、私たちと一緒に来てくれないかな? 二人が消えないで済むには、私たちと来てもらうしかないんだ」

「本当? お姉ちゃんたちと一緒に行ったら、本当に消えない?」

「本当だよ。だから、一緒に来てほしいな」

「お兄ちゃん……」

 健人の背中を掴む美加の手に力が入った。健人は再びため息をついて橋本を睨む。

「全く、汚い人だ」

「汚くていいよ。二人を守れるなら、悪者にだってなる」

 橋本は怯まない。こうなっては、もはや健人に勝ち目はない。

「それじゃ、一緒に来てもらえるかな?」

 美加は大きく頷いた。橋本はいたずらっぽく訊く。

「健人君の方はどうするのかな?」

「はあ……美加を一人で行かせるわけにいかないでしょう。分かってて訊かないでください」

「よし! それじゃ、行こうか!」

 こうして、来た時よりも人数を増やし、俺たちは公園を出た。あとは霊界に帰るだけ。この件は無事に解決。全員がそう思っていた。俺たちは油断していたのだ。

 きっかけは、美加の一言だった。

「霊界って、遠いところだよね? もうここには来れないかもしれないから、最後に街をぶらぶらしたいな。お兄ちゃんとの思い出の場所だから」

「もちろん良いよ! 健人君も隅に置けないね~!」

「からかわないでくださいよ」

 すっかり打ち解けた女性陣の会話にムスッとした顔の健人。こんな表情を見られるとは、初対面時には思いもしなかった。緑色の葉を垂らす銀杏並木。街中のたい焼き屋。街で唯一の映画館。それらひとつひとつを指さして、楽しそうに思い出話をする美加。年相応の少女の顔だった。

「映画が終わって隣を見たら、お兄ちゃん涎垂らして寝てたんだよ!」

「えー! 本当に?」

「美加! その話はいいだろ!」

 生きていたら、健人の顔は真っ赤だっただろう。クールで大人びているように見えても、まだ高校生。世の中全てを恨むような冷めた思考にしてしまったのは、大人だ。普通の家庭で、普通に暮らせていれば、二人の未来は違っていたはずだ。

「こうして見ると、健人もただのガキっすね」

 森が俺に耳打ちする。最終的に自殺を選ぶような人生だったが、そんな中でも『ただのガキ』でいられた瞬間があったのだ。どうか、これからは霊界で、『ただのガキ』になってほしい。そう願うばかりだ。


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