第58話  傀儡

文字数 2,974文字

印を組んだ佐助の体から暗黒の瘴気が飛散したのを感じ、重成は全身の苦痛に耐えながら刀を正眼に構えた。
だがしかし、瘴気は重成には直接向かって来ず、重成の後方へと飛んだようである。

「・・・・?」

訝しく思いながらも、重成は油断せずに佐助の動きを注視する。佐助は得物を持たず悪意に満ちた薄ら笑いを浮かべたままである。
すると突然重成の後方で異様な物音が鳴り響いた。むせかえるような血の臭いが鼻孔を刺激する。
最悪の不吉な予感に心臓が早鐘のように打った重成が思わず後方を振り向いた。
イズガの戦斧に頸部を切り裂かれて絶命したはずの長とグラール、そして自刎(じふん)し首の皮一枚だけ残って首が今にも落ちそうなイズガがそれぞれ武器を構えて立ち上がっていた。

「長殿、グラール殿、イズガ殿・・・・」

重成の呆然とした呼びかけが三人の山の巨人の耳に届いた様子は無い。既に乾いた鮮血がこびりついた顔貌は何ら表情は無く、眼にも生命の光は無い。ただ虚無があるのみである。
だが三人の山の巨人はそれぞれ確かな足取りで重成に向かって歩み始めた。そして先頭に立ったイズガが戦斧を振り下ろす。

(まさか、死者として蘇ったのか?)

イズガの戦斧を横っ飛びで躱しながら重成は三人の巨人の気を探った。

(いや、彼らの体からは直接暗黒の瘴気が感じられない。まさか、これは・・・・)

続けて繰り出されるグラール、長の攻撃を辛うじて躱しながら重成は佐助の方へ視線を飛ばした。
佐助は薄ら笑いを浮かべながらしきりに手を動かしている。その十本の指から暗黒の瘴気が細い糸となって伸び、三人の山の巨人に繋がっているようであった。

「猿飛!貴様が彼らを操っているのか!」

「左様」

佐助が傲然(ごうぜん)とした態度で応える。

「これぞ忍法傀儡(くぐつ)回しの術。筋骨隆々の巨人共を操るのはなかなか骨が折れるが、やりがいがあるわ。こんな馬鹿でかい人形は滅多に手に入らぬからな。さあ、木村重成、お主も人形共に動きを合わせて華麗に舞って見せろ!この佐助をもっと楽しませろ!ハハハハハ!」

「・・・!!」

重成は眼も眩むような怒り、腸が煮えくり返り、全身の血が逆流するような憎悪で我を忘れそうになった。あの忍者を、大坂夏の陣では豊臣家の旗を仰ぎ徳川を敵として共に戦ったはずの男をこの手で八つ裂きにしてやりたいと心から願ったが、それはとてもかないそうになかった。
己に向かって刃を向ける三人の巨人の動きは恐ろしく俊敏で的確だったからである。剛力無双ではあっても、機敏さに欠け無駄な動きが多かった山の巨人のものとは明らかに違っていた。
佐助の術によってその肉体の限度を超えた動きを強制されているからだろう。
三人の巨人の骨が軋み、肉体の繊維が断裂していくのがはっきりと感じられた。

「貴様と言う奴は・・・・!死者を弄ぶなど、これが人間のすることか・・・・。貴様もかつては私と同じ人間だったのだろう!亡者となって人の心を完全に失ったのか!」

「人の心?そんなもの、最初からこの佐助にはありはせんよ」

余裕に満ちた態度、純然たる悪意をむき出しにして答える佐助に重成はさらなる怒りと憎悪を掻き立てられ、その全身が強張った。
そこに長の鉄拳が飛び、重成は躱すことが出来ずにまともに喰らい、吹き飛んだ。
スキーズブラズニルの廊下に倒れ伏した重成の全身を破砕すべく、グラールが戦斧を振り上げる。

(殺られる・・・・)

重成はグラールの戦斧の一撃で原型を留めぬ肉塊に変えられることは避けられないと覚悟した。
だが戦斧は振り下ろされずに、一転して後方に向かって弧を描いた。イズガの右手首が血の尾を引きながら宙へ飛ぶ。

「!」

そして重成は見た。ニーベルングの指輪をはめたイズガの右手首が狙いすまされたかのように佐助の手に収まるのを。

「ロキ殿!御所望通り、最初の指輪を手に入れましたぞ!」

勝ち誇る表情の佐助の高らかな宣言に応じるように、暗黒の力場が発生した。
かつてヴァルハラで感じた強大で濃密な漆黒の瘴気によって空間が満たされ、スキーズブラズニルの艦内にくすぶっていた炎と煙がたちどころに消し飛ぶ。
そして暗黒の空間から艶やかな黒髪の、ぞっとする程色白な肌を持ち切れ長で淫猥な眼光を湛えた邪神が艶然とした笑みを浮かべながら現れた。

「ロキ・・・・!」

「全く見事な手並みであった、猿飛佐助よ。幸村に頼まれてお前たち真田十勇士を死者の軍勢に加えたのは、大正解であったな」

重成の怒りに満ちた視線を完全に黙殺しながら、ロキは佐助に語りかけた。

「これからも、この調子で頼むぞ。特にお前には期待している、猿飛佐助よ。この私にもっと面白いものを見せてくれ。この私を楽しませてくれ」

「ご期待に沿えるよう、全力を尽くしましょう」

暗黒神と魔忍はそう言って笑い合った。そこには神と亡者、主と下僕という身分の差は無かった。お互い好みと価値観が合う理解者、知己と出会えた純然たる喜びを覚えているようであった。
重成はこの銀河で最も邪悪でおぞましい主従、双璧に胸がむかつき吐き気を覚える程の嫌悪と不快感を覚えた。

「さあ、他の真田十勇士よ。指輪は手に入ったぞ。お前たちは見事に任務を果たした。アース神族の者共との戦いはそれまでにして、引き上げるぞ。お前たちにはこれからも働いてもらわねばならないのだからな」

ロキは集団戦法を用いてエインフェリアとワルキューレと戦っていた霧隠才蔵達に語り掛けた。
そしてその声と共に漆黒の球体が現れた。九人の忍びはそれぞれ戦いの手を止め、飛燕のように身を翻してその球体に飛び込んだ。

「下郎どもが、逃げる気か・・・・」

顕家は逃さじと霧隠才蔵を追って跳んだが、紙一重で間に合わず、暗黒の球体と共に霧隠才蔵達は消え去っていた。
真田十勇士の内、九人が無事スキーズブラズニルを、ヨトゥンヘイムから脱出したことを確認したロキは、自身も再び暗黒の力場に身を沈めながら猿飛佐助に語り掛けた。

「さあ、我々も帰ろう。木村重成はどうする?この場で始末するのか?お前の好きにして良いが・・・・。そうはしないのだろう?」

「いかにも」

佐助は我が意を得たりとばかりに力強く頷いた。

「木村重成よ、これはほんの始まりに過ぎん。お前からは全てを奪ってやる。指輪も勝利も、そしてブリュンヒルデも、仲間も、全てをだ」

「・・・・」

猿飛佐助はそれまでの余裕の態度を捨て、重成への心からの憎悪をむき出しにしながら言った。その深淵なまでの悪意と憎しみを受けて、重成の心身の傷はさらに深まった。

「そして全てを失い、空っぽの状態にしてから、ゆっくりとお前の喉を掻き切ってやる。お前の生首を、俺とブリュンヒルデの愛の巣に飾って置いてやろう」

「・・・・」

「もうお前は理解したな。お前では俺には絶対に勝てん。お前には致命的な弱点があるし、己に様々な制約を設けている。その制約がお前を強くしているのかも知れんが、その強さはこの佐助には通じん。何故なら、この佐助には弱点など何も無いからな。勝つためには手段は選ばん。人間だった者ならば当然あるはずの良心による制約や縛りなどは一切無いのだ。この猿飛佐助は完全に自由だ」

「・・・・!」

「そういうことだ。ではさらばだ。また次の戦場で会おう」

そして最初の指輪を得た猿飛佐助とロキは邪悪な笑みを浮かべながら暗黒の瘴気と共にこのヨトゥンヘイムから消え去った。

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