第11話  二つの影

文字数 2,454文字

「本当にその巨人を殺めてしまうのですか?指輪の魔力で操られている犠牲者にすぎないのに・・・・」

再び一行が騎乗の人となり、封印された船のある場に向かうべく下山している最中に敦盛が重成に語り掛けて来た。

「・・・・」

重成は何と答えればいいか言葉に迷った。敦盛が顕家の決断に到底納得できないのはよく分かる。
まだ十代半ばという年少の身であるということもあるが、あの例えようもない程美しく澄んだ笛の音から思うに、平敦盛という少年は本当に心から優しく、清く純粋な魂の持ち主なのだろう。
何の罪も無い、呪いに束縛された哀れな被害者を、その祖父と父の目の前で殺めるなどという行為は何にしても許しがたく思うのは当然と言えた。

「武芸に卓絶した重成殿と顕家殿と他の方々が力を合わせれば、生かしたまま指輪を外すことも不可能ではないでしょう」

「・・・・だが、指輪を外したとしても巨人が正気に戻る保証は無い・・・・」

いや、間違いなく正気に戻ることは無いだろう。ニーベルングの指輪には神々の力をも超える宇宙規模の悪意が宿っているという。さらにはその造り手であるヴァン神族の王ニョルズその人の呪いまでもが加わっているのだ。
その悪意と呪いは一度捕らえた者は決して逃さず、死でもってしか解放されないのではないか。
重成はそう確信していた。

「指輪を外すには死力を尽くさねばならないだろう。そしてそのイズガという巨人が正気に戻らなかったら、隙だらけになった私たちを苦も無くひねりつぶしてしまうだろう」

「・・・・」

「そのような犠牲者を出すかもしれない危険な賭けに乗る訳にはいかない。惨いようだが確実な方法を選ぶしかないんだよ」

敦盛は重成の言葉に心から納得した訳ではないようだが、反論する術が見つからずしぶしぶ口をつぐんだようである。
重成はそれでよいと思った。武士は戦に臨む際には非情に徹っしなければならないが、敦盛という少年だけは例外であって欲しい。いつまでも仏神の眷属たる童子のように慈悲深く、清らかなままでいてほしいと願う。
ラグナロクは熾烈を極める戦となるだろうが、この平敦盛だけには出来るだけ手を汚させないようにしよう。
重成は秘かにそう決心した。

「む・・・・」

皆とは少し離れて馬を進ませていた北畠顕家が何か気になることがあるらしく、左後方の木陰をじっと睨んでいる。

「・・・・?」

重成は顕家の様子が気になったが、問いかけることは控えた。問うたところで黙殺されるのが分かり切っているからだ。

「どうした顕家?何かあるのか」

代わりにフロックが問いただした。
だが顕家は答えずに相変わらず木陰をじっと睨んでいる。するとその木陰から兎によく似た小動物が二匹飛び出し、走り去って行った。
顕家はわずかに苦笑したようである。そして無言で馬を歩ませた。フロックもそれに続いた。


「・・・・」

それから数分後、山の巨人の親子、そしてエインフェリアとワルキューレの姿と気配が完全に去った後、木陰から二つの声が響いた。

「危なかったな。うまい具合にあの兎が動かなければ、見破られていたやも知れぬぞ」

「まさか完全に気配を断ったはずの我ら二人の存在に気づきかけるとは・・・・。流石太平記の英雄、北畠顕家といったところか」

「我らの主が好敵手と認めた木村重成殿や後藤又兵衛殿のさらに上を行くやも知れぬな」

「面白い・・・・。あの御仁の首は俺がもらうぞ・・・・」

「いや、私の物だ・・・・」

そう言い合った後、二つの声と気配は音一つ立てずに消え去った。


山を三つ超えたところで日が暮れたので、一行は移動を止めて休憩を取ることにした。
火をおこし、山の巨人が持って来ていた食料を料理し、茶を沸かして喫する。

「何だかこういうのって楽しいね」

エイルが温かいお茶にフーフーと息を吹きかけて冷ましながら嬉しそうに言った。
これから恐るべき山の巨人と一戦を交えるというのに、まるで臆した様子も緊張した様子も無い彼女に一同は呆れると同時に感心した。
エイルは皆の緊張をほぐす為に気を使って言っているのか、それとも本当に何も考えずに思ったことを素直に口に出しただけなのか、どうもよく分からない。
一息ついたところで一同は今後について話し合った。

「やはり、成功は指輪を身に着けたイズガという巨人を他の巨人と引き離せるかにかかっておるな」

姜維が巨人の親子の雄大な肉体を見ながら言った。

「上手くその者を誘いだすことは出来そうかな?」

「難しいであろうな」

イズガの父、グラールは答えた。

「我が息子は元々誰よりも臆病で用心深い気性なのだ。指輪の魔力で人格が一変したとはいえ、用心深さが消え失せたのかどうか・・・・。我らが話し合いを求めても応じるかどうかも怪しいのに、まして護衛も無しで一人で出てくることなど・・・・」

「けど、何としても一人にしないと」

エドワードが青灰色の瞳に焚火の炎を写しながら鋭い口調で言った。

「僕たちの今の戦力で屈強な山の巨人複数と戦うことはできない」

「一応、後から他の者も追いかけて来るのだが・・・・」

「もしもの場合、その者達に加勢に入ってもらわねばならぬな。だが、決して得物を振るわぬようにしてもらいたい」

姜維が長に懇願した。

「もし得物を振るって傷つけたり、最悪殺めてしまえば、山の巨人同士の仲間割れが本格的な争いに発展するであろう。そうなっては指輪を取り上げても収まらないであろうからな」

「うむ。わしとしてもそれだけは何としても避けたい」

長が姜維の言葉に深く頷いた。

「護衛が二三人ならば、わしと息子が命を張って抑えてみせよう。それ以上ならば他の者も加わってもらわねばならぬが、その者達にも決して手は出させん。一族の為に捨て石になってもらわねばならぬ」

「けれど、それはあくまで最悪の場合です」

重成が長の覚悟に敬意を抱いたが、あえて釘を刺した。

「イズガ殿一人を誘い出す口実を考えてみてください。それが最善です」

「うむ、難しいと思うが・・・・。何とか考えてみよう」

長は息子のグラールと視線を交わしながら重々しく言った。
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