第47話  次女

文字数 2,881文字

ヨトゥンヘイムの大地に屹立し、凄まじい炎熱と熱風を巻き起こして周囲を焼き尽くしている巨大な炎の柱が徐々に変化し、巨人の姿を取りつつあった。
いや、たたの巨人ではない。長い髪と豊かな乳房を持った女性の姿でシンモラを彷彿させる容姿であったが、その下半身はムスペルが騎乗する一角獣のそれであった。

「あれは…ギリシャ神話に登場する半人半馬のケンタウロスか…?それにしても何て巨大な……」

エドワードがそう言って息をのむのも無理はないだろう。ギリシャ神話に登場するケンタウロスはその体躯は人間と大して変わりはないだろうが、この時ヨトゥンヘイムに出現した半馬の巨人は十五メートルに達するかと思われた。
これまで直接対峙した巨人は約五メートル程のシンモラが最大だったが、その三倍もの体躯を持つ巨人が現れたのである。
しかもその女巨人は上半身に鎧を纏い、右手には星球式槌矛、いわゆるモーニングスターを持ち左手には円形の盾で武装している。
エインフェリアとワルキューレはムスペルの女王シンモラがその姿をより戦闘の為に特化すべく変化させたのだと思ったが、すぐに目の前の炎の半馬の巨人は別の存在であると悟った。
この巨人の神格は、シンモラに比べればかなり劣るようである。だがその巨大な肉体が有するであろう破壊の力はシンモラを凌駕するのは容易に想像できる。

「ははっ!」

弾んだ笑声を漏らしながら佐助は猿のように跳躍して半馬の巨人の元に近づいた。一瞬遅れて霧隠才蔵が、さらに数瞬遅れて他の十勇士が続く。

「御尊名をお聞かせ願いたい!」

佐助のしゃがれた、それでいて不思議に良く通る声が炎熱と熱風に包まれたヨトゥンヘイムの天地に鳴り響いた。
半馬の巨人はしばし恍惚の表情を浮かべたまま無言を貫いていたが、やがてゆっくりとその灼熱に燃える瞳を十個の影に向けた。

「私はムスペルの四姉妹の次女、ラウナーク……」

「ラウナーク……。良き名でござるな」

佐助はうっとりと呟き、ムスペルの四姉妹の次女の顔を凝視した。女性を征服と愛欲の対象としか見ない佐助であるが、流石に桁違いに巨大な巨人の女性には性欲が湧かない。
だが、戦いと破壊の為にだけ生まれた生命の活火山の如き猛々しい殺意と金剛石のように不動の意志が秘められた姿に感動と畏怖の念を覚えた。

「四姉妹…。スルトとシンモラの間に生まれたムスペルの子らの中にあって特に巨大な力を与えられた姉妹と考えてよろしいのだな?」

「……」

ラウナークは佐助の問いに答えず、煩わし気な表情を浮かべた。

「その汚らわしい気配……。亡者の女王の兵か。それにアース神族の兵もいるようだな。しかし私はお前たちなどに興味はない。私と弟たちの此度の任務は山の巨人族の殲滅とヨトゥンヘイムの大地を清めることにあるからな。我らの邪魔さえしなければ、死なずに済むぞ。幸運に恵まれたことを感謝し、今すぐ巣に帰るがよい」

そう言い捨て、ラウナークは山の巨人族達に視線を向けた。
イズガも長もグラールもその他の巨人達も同族を殺された復讐を今まさに果たそうとしていたことを忘れ、凍り付いたように微動だにしなかった。
己たちの体躯を遥かに上回るこれ程の巨大な生命が存在するなど、想像もしなかったに違いない。
山の巨人族の反応に気を良くしたらしいラウナークは満足げな、そして冷酷な笑みを浮かべてその馬蹄で大地を踏み荒らしながら突進した。

「……!」

長はその老顔を恐怖に引きつらせながらも、大地と山々に念を送った。長に感応した他の巨人もそれに続く。
巨大な岩が転がり落ち、大地が震動するがラウナークはものともしない。盾と鎧で岩を跳ね返し、その逞しい走りは震動の影響など微塵も受けなかった。
そしてラウナークは一瞬にして山の巨人族の間合いに入り、星球式槌矛を振り上げた。短い柄の先に付いた鎖を振り回すことによって遠心力を加え、そしてその炎を纏った棘付の鉄球を山の巨人に叩きつけた。
巨大な衝撃と爆発が生じ、まともに喰らった巨人がその鋼の様な肉体を飛散させた。

「馬鹿な……」

仲間の一人が、完全武装した山の巨人が炎熱と衝撃でバラバラとなって無残な肉塊と化し、さらに焼かれて火に包まれるのを見てイズガは茫然自失となった。
他の巨人達も同様である。そんな彼らを生き残りのムスペルが容赦なく炎の剣の斬撃を浴びせる。
先程までは山の巨人族に圧倒され、殲滅寸前まで追いやられていたムスペルの騎兵であったが、彼らの姉にして指揮官の荒ぶる姿を見て、勝利を確信したのだろう。その醜悪な面貌に歓喜の表情を浮かべていた。
ラウナークは星球式槌矛を縦横に振るい、山の巨人族の死体を量産していく。

「ぐ…引け、引けい!」

長が敗北を確信し、息子と孫、同胞達を叱咤した。すると今までに無かった巨大な振動がヨトゥンヘイムの大地を襲った。
それは地震というような甘い代物ではない。まさに天変地異と呼ぶべきものだろう。大地が上に下に、右に左に揺れ動き、大量の土埃が舞いあがり天を覆って暗黒の世界が招来した。
山々から大小の岩が飛び交い、ぶつかり合って異様な大音響を奏でる。
エインフェリアとワルキューレ、それに真田十勇士達は立っていることが出来ずに両ひざを着き、周囲のの木々や岩に必死にしがみつく。
ムスペルの騎兵も足を折り地に伏せた一角獣の首にしがみついていた。ラウナークとて例外ではない。
その四本の足を折ることは無かったが、一歩も動くことが出来ず、ただひたすら歯を食いしばって巨大な振動に耐えていた。
ヨトゥンヘイムという星そのものが崩れ落ち、やがて銀河の藻屑と化すのではないかと疑われる程の震動はどれ程続いたのだろう。山の巨人族以外の種族には永遠に等しい程に長く感じられたが、実際はほんの数分程だったのかも知れない。
ようやく巨大な鳴動が収まったことを確認したアース神族、死者の軍団、そしてムスペルはほっと息をついた。
天を覆っていた土埃が地に帰り、爽やかな秋の光が降り注いでいる。大地には大小さまざまな亀裂が走り、土砂崩れの痕が無数にある。
流石の猿飛佐助もかつて体験したことの無い巨大な災厄にしばし呆然となったが、すぐに我に帰って味方の無事を確認した。
流石は同じ修羅場をくぐり抜けた同士であり、己が忍びの技を叩き込んだ弟子共である。未だ衝撃で茫然自失の状態から立ち直れていないが、かすり傷を負った程度であるらしい。
アース神族の面々は中には失神している者も数名いるようであるが、やはりかすり傷程度で済んでいるらしい。おそらく山の巨人達は彼らが傷つかないように配慮したのだろう。
ムスペルの騎兵はその巨体が災いし、降り注ぐ大岩をまともに喰らって絶命した者が数名出たようである。
ラウナークも傷を負っているようであるが、その圧倒的な巨体と生命力からすれば、大したことは無いだろう。

「山の巨人族共がいない……?」

佐助はその四つの瞳でこのヨトゥンヘイムの住人にして天変地異を巻き起こした張本人達の姿を探し求めた。
だが生きているはずの巨人達はおろか、先にムスペルに殺害されたはずの骸すらも跡形も無く消え失せていた。

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