第13話  真田十勇士

文字数 2,453文字

「父様、爺様、これはどういうことだ!」

イズガが巨大な戦斧を構えながら叫んだ。声そのものは若々しく生命力に満ちたものだったが、やはり呪いに囚われた故か、硬質で陰湿な響きがあった。

「俺はあんた達を信じて一人でここまで一人で来たと言うのに、そのような得体の知れぬ小さき者共を伏せていたとは・・・・。恥を知れ!」

計画が失敗し、我が孫、我が子から罵倒された長とグラールはどうしてよいか分からず、ただ困惑するしかない。そこに再び銃声が鳴り響いた。

「ぐあ!」

イズガが苦痛の声を上げ、顔を背けた。その顔の右半分が血に染まる。どうやら右目を撃たれたらしい。

「よ、よくも・・・・。絶対に許さんぞ。爺様も父上も、それに与する者共も皆殺しにしてやる。仲間を連れて来るからな、そこで待っていろ」

イズガが憎悪と殺意をむき出しにしながら仲間達の元に戻ろうと走り出した。

「ま、待て!」

重成がそうはさせじと追うが、後方から空気を切り裂いて得物が飛来するのを察知して、大きく飛鳥のように宙に舞った。そして見た。鎖のついた分銅が地を穿つのを。

(やはり忍びの技の使い手か・・・・)

重成はイズガを追うのを断念するしかなく、着地して刀を正眼に構えた。

「これでよい。山の巨人同士で大いに争ってもらおう。そしてその隙にニーベルングの指輪は我らが頂戴する。そのような芸当はエインフェリアの方々にはとても出来ぬでしょう」

その声の主に顕家が斬りかかった。顕家の烈剣に対し、主は忍び刀の二刀流で堂々と渡り合った。その剣筋、体捌きはやはり正統な剣術とはまったく異種のものである。
顕家はその繊弱な顔に冷徹そのものの表情を浮かべ微塵の動揺も見せないが、内心は感嘆していたに違いない。

「十勇士・・・・」

いつの間にか重成の側に来ていた又兵衛が呟いた。

「真田殿の側近の手練れの十名がそう呼ばれていた。彼らの多くが忍びの技に通じておるらしい」

「真田十勇士、ですか・・・・」

重成は姿を現した総勢十名の新たな敵を値踏みした。いかにも闇の世界に生きた忍びの者らしい装束を纏った者もいれば、二本差しの正統な武士らしい者、そして僧形の者までいた。

「む、殺ったか?」

又兵衛が唸った。顕家の剣が変幻自在の二刀をかいくぐってその心臓を貫いたかに見えた。
しかしその瞬間、二刀を操る忍びは煙のように消え失せた。

「ふう、危ない危ない」

男性とも女性とも判別しにくい中性的な声がした。見れば、顕家から十メートルも離れた位置にその忍びはいた。

「まったく恐ろしい程の武勇ですね。流石は北畠顕家卿・・・・。正面からやり合うのは無理らしい」

「小癪な術を使いおって・・・・」

顕家が鋭く舌打ちをした。ルーン魔術とは違ったまた別の体系の幻術らしい。おそらく忍びの術を暗黒の力でさらに進化させたものなのだろう。

「名乗らせていただこう」

十勇士の頭目らしい小柄な男が頭巾を脱いで言った。丸顔で髪を短く刈りこみ、一見すると十代の少年のような幼い顔立ちだが、同時に老成さと狡猾さを濃厚に漂わせている。全く年齢が読み取れぬ得体の知れない男であった。
さらに強い印象を与えるのはその目である。一つの眼球に二つの瞳孔がある、いわゆる重瞳であった。

「我が名は猿飛佐助。お見知りおきを、エインフェリアとワルキューレの方々」

「私は霧隠才蔵」

顕家と渡り合った二刀の忍びが名乗った。長い艶やかな黒髪を束ね、その肌は妖しいまでに白い。すらりとした長身で、重成に匹敵する程の美しい顔立ちである。

「拙僧は三好清海入道である!」

胴間声で荒法師が名乗った。その巨躯は関羽と張飛に迫るものがあるだろう。恐ろしく巨大な錫杖を持ち、まさに源平合戦における武蔵坊弁慶の再来とも言うべき豪傑だった。

「拙僧はその弟の三好伊三入道。よろしくお願いいたしますよ」

弟と名乗ったが、エインフェリアとワルキューレにはとても信じられなかった。兄の清海入道が六尺五寸、つまり約百九十七センチはあろうかというのに、その男、伊三入道は五尺、百五十センチにも届かない小男だったからである。
成程確かに顔立ちそのものはよく似ていたが弟なのではなく、父親の間違いではないのかと思えるほど皺深く老いて見えた。

「俺は由利鎌乃介だ。鎖鎌の妙技、楽しんでってもらうぜ」

鎖分銅を振り回して空気を切り裂く凄まじい音を奏でながら、その男は伝法な口調で名乗った。

「筧十蔵だ・・・・」

種子島銃を肩に担いだその男は、やはり銃を構えたラクシュミーバーイを猛禽類を思わせる鋭い目つきで睨みながら、ぼそりと呟くように言った。

「それがしは海野六郎」 

その人物は又兵衛と同年代だろう。当世具足を身に纏い、手槍を手にした堂々たる武者姿である。

「そしてこいつが穴山小介だ」

海野が隣にいる男を紹介した。その男は縞の着流しで刀の鯉口を切りながらきつい三白眼を爛々と輝かしている。
見るからに陰鬱そのものな印象の男だが、相当な剣の使い手、しかも居合術に通じていると重成は見た。

「俺の名は根津甚八。名高い勇者と手合わせできるのが楽しみだ」

その男が纏っている衣装は明らかに日本のものとは違っていた。明国や朝鮮のものとも違う南国風の鮮やかな文様と色彩で丈が短く、和服と違い帯を前で結んでいる。
そして左右の手それぞれに十手に似た金属製の武器を握っていた。

「そしてわしが望月六郎。十人揃って真田十勇士だ」

十人目の男は毛皮を纏った猟師風の地味な中年男で、とりたてて腕が立つようにも見えないが、野生の獣のような剣呑な体臭を放つ異色の存在だった。

「我らの任務は山の巨人から指輪を奪うことであって、エインフェリアとワルキューレの始末は命じられていないのだが・・・・」

猿飛佐助がその重瞳を妖しく輝かせながらエインフェリアとワルキューレを一人一人観察しながら言った。

「これ程の御馳走を前にしつつ、我慢することなどできそうにないわな。鈍重な山の巨人達がやって来るのはまだまだ時がかかろう。その間に我らが新たに得た力を試すと同時に、御馳走の味見としゃれこもう」



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