第54話  墜落

文字数 2,589文字

「ムスペルヘイムに乗り込むだと・・・・?我が父と母を捻り潰すだと・・・・」

全身の筋肉、骨格を潰され脳漿を漏らし眼球をこぼすという惨たらしい有様で今にも息絶えようとしていたラウナークが残された最後の生命を燃やし言葉を(つむ)いだ。

「貴様ら如きが、永遠の猛き炎が渦巻く清浄な地に一歩でも足を踏み入れることが出来ると思うのか・・・・?銀河の星々を灰燼に帰す宿命を持って生まれた破壊の王を、紅蓮の炎を統べる父と母に傷一つでもつけられるものか・・・・・」

血反吐を吐き、気道につまらせながらもラウナークは続ける。

「身の程知らずめが・・・・。だが、父と母に手を煩わせるまでもない。ムスペルの四姉妹の次女の名に懸けて、貴様等をヨトゥンヘイムから一歩も出すものか・・・・!この山と岩だけの未開な地で我らと共に果てるがよい・・・・」

ラウナークの肉体が鮮やかな焔に包まれる。

「私が引き連れて来たのは騎手達だけではない。力の劣る弟達は山の巨人族相手ではいささか荷が重いので控えさせておいたのだ。私と騎手達で山の巨人族を滅ぼした後、このヨトゥンヘイムを焼き払い清浄な地に変える仕事を任せるつもりだったのだ・・・・。弟達よ!」

ラウナークは最後の生命の炎を燃やし、銀河で控えている弟達に指令を送った。

「あの醜い土塊で出来た船を沈めよ・・・・!己の命を燃やし、更なる猛き炎を纏え。紅蓮の矢と化し、山の巨人族共の船に風穴を開けるのだ。お前たちなら出来る。父と母の為、美しきムスペルヘイムの為ぞ。己の命と引き換えにしてでも奴らを沈めよ・・・・」

その声が届いたのか、ヨトゥンヘイムの蒼穹が突如真紅に染まった。そして遥か天空から千を超える紅蓮の流星雨が降り注いだ。
エインフェリアとワルキューレは思っただろう、その流星が纏う炎はかつて見たよりも明らかに激しく、高温であるようであった。そして落下する速度も増しているようであった。
その超高熱の流星が激しい雨となって山の巨人族の船、スキーズブラズニルに降り注いだ。
凄まじい勢いで落下するムスペルの肉体と、そして恐らく温度五百度を超える高熱が融合して恐ろしい破壊の力を秘めた大砲の砲弾と化してスキーズブラズニルの船体を穿つ。
その砲弾はただの砲弾ではない。生命であり、意志を持っているのだ。的確に穿たれた箇所を狙って立て続けにぶつかって行く。

「そうだ、それでいい、弟達よ・・・・。命を失っても何も恐れることも、悔いることもない。我らが父と母さえ健在であれば、我らは再び生まれてくるのだからな。醜き種族共が死に耐え、全てが焼き尽くされた新しい世界で、また会おうぞ・・・・」

再生と再会を確信しながら、ムスペルの四姉妹の次女、ラウナークは満足げに息絶えた。

「おお・・・・。ムスペル共め、己の命と引き換えにあの巨大な空飛ぶ船を沈める気か・・・・」

猿飛佐助がその童顔に満面の笑みを浮かべながら言った。彼の四つの瞳は確かに捉えていた。
ムスペルは己の生命力を燃やすことで常よりも激しい炎を纏っていることを。そして未知の鉱物で出来ているらしいスキーズブラズニルの船体に超高速で衝突することによって肉体が砕け散っていることを。
千を超える赤熱の流星に打ち貫かれ、生まれ出でた炎の蛇にスキーズブラズニルはその巨大な体の半分近くを喰い尽くされてしまった。
ヨトゥンヘイムの雲をかき分け、天空を超えて銀河への航海に乗り出そうとしていたスキーズブラズニルはそこで上昇を止め、逆にゆっくりと下降を始めた。

「皆、逃げろ!」

重成が叫んだ。あれ程巨大な船が炎上しながら地表に墜落するのだ。とてつもない衝撃が大津波となって地上に今生きている者達を襲うだろう。
エインフェリアとワルキューレは素早く身を翻した。敦盛の手を重成と姜維が引き、エイルはヘンリク二世とラクシュミーバーイが受け持つ。
真田十勇士は流石と言うべきだろう、重成が叫ぶよりも早く動いていたようである。
巨大な、そうあまりに巨大なスキーズブラズニルが爆発炎上をしながら落下して、今にも大地へ帰ろうとしている。それは天空に耀く太陽が力を失って落ちてくるような錯覚を覚えさせた。

「皆、私の元に!」

ブリュンヒルデが結界を張る為の印を結びながら言った。エインフェリアとワルキューレは一斉にプラチナブロンドの戦乙女の元に集結する。
そしてエドワード、フロック、エイル、ラクシュミーバーイ、姜維が結界を強化する為にブリュンヒルデに神気を与えた。
遂にスキーズブラズニルが地上に墜落した。大地に巨大な風穴が空き、ヨトゥンヘイムが真っ二つに割れるのではないかと思われる程の衝撃が生じた。
全ての生命、被造物を飲み込み、打ち砕く爆風と衝撃波が地表を覆った。岩が砕け山が崩れ、木々が消し飛ぶ。
エインフェリアとワルキューレは結界の中にじっと身を潜め、世界が砕け散り、無に帰すような光景を目にしながら耐えていた。
衝撃波が止んだことを確認したブリュンヒルデは全身に冷や汗を滴らせながら、結界を解いた。

「これは・・・・」

スキーズブラズニルは地表に墜落して、見るも無残な姿に変わり果てていた。半壊し、未だ炎と煙を纏っており、その外壁にはムスペルの粉々になった無数の死体がこびりついている。
つい先ほど侵略者を殲滅し、意気天を衝きその勢いのまま銀河を超えてムスペルヘイムまで進軍しようとしていたスキーズブラズニル。山の巨人族の至宝、この銀河に比肩するものはないであろうと思わせた巨大で雄々しい船が、僅か数刻で無残な残骸に変貌してしまった。
恐るべきはムスペルの死を全く恐れぬ闘志、一糸乱れぬ団結、そして破壊力である。

「あの様子では、山の巨人族は一人も助からないのでは・・・・」

そう呟いたブリュンヒルデが悪寒を感じ、振り向いた。十個の影が恐ろしい程の速さで駆け抜け、スキーズブラズニルに向かって飛んだのである。

「真田十勇士!」

彼らはいかなる手段でもってか爆風と衝撃波を防ぎきり、そして本来の任務を完遂すべくスキーズブラズニルを操縦していたイズガの元に向かうつもりなのだろう。

「させるか!」

ブリュンヒルデよりも一瞬早く真田十勇士の気配を捉えた木村重成、北畠顕家、後藤又兵衛、姜維の四人が得物を抜いて彼らに斬りかかる。
しかしそこに大量の木の葉が吹き荒れ、エインフェリアとワルキューレの視界を塞ぎ、その動きを封じた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み