第50話  星球式槌矛

文字数 2,123文字

地中を移動している山の巨人族を追い、悠然と力強く歩んでいたラウナークの動きが止まった。
先程まではその母であるシンモラに似た整った美しい顔には余裕に満ちた典雅な笑みが浮かんでいた。
だがこの時は怪訝そうな、そして不愉快な思いを味わったという思いがはっきりと表れていた。

「何の真似だ、豆粒ども」

「……」

武器を抜き放ち、静かな、それでいて猛々しい気を放ちながら己を取り囲む複数の影に静かに問いかける。

「何が望みだ?答えて見よ」

「私たちと戦ってもらう」

居合術の構えを取りながら重成が答えた。その声、表情には臆する色は微塵も無い。その凛とした答えはラウナークが望むものでは無かった。

「戦う?戦うだと?その卑小な体と貧弱な武器でムスペルの四姉妹であるこのラウナークとか?冗談としても成立しておらんぞ。戦いとはある程度実力が拮抗して初めて成立するものであろう。お前たちとこの私とでは戦いなど成り立つ訳が無かろうが」

「……」

「いや、これはお前たちに問いかけた私の方が間違っていたな」

そう言って失笑し、もはやこの虫共を相手にする必要無しとばかりにラウナークは再び歩を進めようとした。
乾いた銃声が鳴り響き、ルーン文字が彫られた弾丸と同時に光の投槍と氷の塊がラウナークの後頭部を襲う。
だがラウナークはその巨大な体を驚くべき速度で動かし、左手の盾でアース神族が放った弾丸と魔法をことごとく払いのけた。

(素早い……。隙が無い……)

驚くべき巨大な肉体故、鈍重であるに違いない、隙を多く見せるに違いないと希望を持っていたエインフェリアとワルキューレの胸中に戦慄と絶望がどす黒いシミのように染み渡る。

「我が敵は山の巨人族共故、この場は見逃してやろうと思ったのに……。愚かな真似をしたな、虫共が。そんなに死にたいのか?その卑小な命をムスペルの四姉妹の手にかかって終わるという名誉を得たいのか?いいだろう、その願いかなえてやろう。感謝せよ」

ラウナークは咆哮し、その馬体を躍らせた。そして勢いよく星球式槌矛を振り下ろした。

「!」

重成は己に向かって飛来した炎を纏う巨大な星球を躱すべく、五体の力を抜いた。先程の山の巨人族との戦いの最中で開眼した究極の脱力を用い、飛燕の如く飛翔し、ラウナークの確実な死をもたらす一撃を完全に躱し切った。
地面を穿った星球は爆発を起こし、爆風が生じて周囲にいるエインフェリアとワルキューレを飲み込もうとする。
だがそうなることを予見していた彼らは素早く身を翻して爆風と火炎から逃れた。
小癪にも我が一撃を躱し切った小さき敵にさらなる追撃を加えるべく、ラウナークは地面にめり込んだ星球式槌矛を引き上げるが、その顔面に再び弾丸と魔法が飛来した。
驚くべき正確さで己の眼球を狙っていることを察知したラウナークは用心深く盾で顔面を守る。
その瞬間生じた隙を見逃さず、重成と顕家は同時に究極の脱力の体捌きを用いて神速の速さでラウナークの間合いに入り、その馬足に斬撃を見舞った。

「ぐう!」

ラウナークが驚愕と苦痛の声を上げた。ラウナークの馬足は防具に守られていないにも関わらず恐ろしい程強固で、岩をも両断するであろう重成と顕家の斬撃をもってしても完全に断ち切ることは出来なかった。
だがラウナークにすれば、これ程の傷を負ったのは生まれて初めての経験であるに違いない。
そして他のエインフェリアとワルキューレも、この圧倒的な強大さを誇るムスペルの四姉妹も決して不死身でも無敵でもない、傷を負わせることが出来るし、殺すことも可能な存在であると確信した。

「おのれ!虫共が……!」

ラウナークは憤激でその顔を歪め、顕家に狙いを定めて星球式槌矛を振るわんと動作を起こす。
だが顕家は恐ろしい程の俊敏さで懐に入った為、星球式槌矛を振るう事が出来ない。
鋭く舌打ちしたラウナークは小癪な敵を踏みつぶそうと、高々と蹄を上げ、渾身の力を込めて下ろす。
顕家は軽やかに身を翻して蹄を交わして再びその馬足に刃を振るわんとしたが、ラウナークは同じ轍は踏まじとその後ろ脚に力を込めて後方に跳躍した。
そして顎が外れるのではと疑われる程大きく口を開けた。口内で紅の光が弾け、炎が噴出される。

「!」

己に向かって飛来した紅蓮の砲弾を前にして流石の顕家もその繊弱な顔が一瞬驚愕に凍り付いた。
だがすぐに元の冷徹で皮肉気な微笑を浮かべ、余裕を持って焔の塊を躱した。

(奴の攻撃を躱すことは何とか可能だが……。奴自身も驚くほど俊敏で防御の技に優れている。やはり仕留めることは無理か)

重成がラウナークに次の攻撃を仕掛けるべく居合術の体勢を取りながら思案した。

(まあ、山の巨人族が船とやらを復活させるまでの時間稼ぎという本来の目的は果たせそうだが……。む?あれは……)

重成の視線がラウナークの遥か後方に向けられた。こちらに向かって飛来する複数の影が見えたのである。
鴉の嘴をした顔を持ち山伏の衣装を纏い漆黒の羽を大きく動かして飛行する半人半妖の存在。日本の伝承に現れる鴉天狗と呼ばれる妖怪である。
そしてその足につかまって優雅に滑空しているのは……。

「真田十勇士!」

重成の怒りと警戒に満ちた声が届いたのだろう、猿飛佐助がその童顔に笑みを浮かべた。







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