第29話  由利鎌乃介

文字数 3,089文字

「面白え、大将軍様よお、どうやってこの俺の土遁「地神爪の術」を破るんだい?」

大地の底から由利鎌乃介の声が響く。その声色からは勝利を確信しながらも、微塵も油断することなく確実に敵を屠ろうという剛毅な精神が感じられた。

「むん!」

姜維は気合を発し、両足に渾身の力を込めて跳躍した。そして空中で身を翻して懐に手を入れ小さくしてあったオーク兵を取り出し、大地に向かって投下した。
そして姜維は素早く印を組む。たちまち蜀漢の甲冑を纏った十体の兵士が現れた。

(何だこの気配は・・・・?人間じゃない?そうか、エインフェリアが操るというオーク兵か)

突如現れた得体の知れない複数の気配に一瞬戸惑った鎌乃介であったが、すぐに正体を看破して冷静さを取り戻す。
着陸した十体のオーク兵はすぐに動き出し、疾風のように縦横無尽に走り出した。

(成程、上手いこと考えやがったな。地中からじゃ、姜維本人とオーク兵の違いを判別できねえ・・・・!)

長年の鍛錬によって磨かれ、さらに闇の力によって鎌乃介の感覚はさらに強化されているが、やはり地中にある以上は探知能力は大きく損なわれてしまう。
さらに姜維はルーンの術によってオーク兵の気配と己の気配をそっくり同じになるよう偽装しているらしい。
生身の人間と違い、死者となった鎌乃介は地中にいくら潜んでいても窒息することは無い。
だがこのまま両者打つ手がなく引き分けに終わるなど、真田十勇士の一人としての誇りが許さない。

(しょうがねえ、かなり危険だが一体一体潰していくしかない・・・・)

覚悟を決めた鎌乃介は一体の気配を捉え、地中から槍を突き出し、そのまま腕を大きく旋回させて一気に敵の両足首を断ち切った。
だがそれは姜維その人ではなくオーク兵で、崩れ落ちながらも鎌乃介を仕留めるべく剣を地面に突き入れた。
さらに近くにいたオーク兵も殺到し、一斉に剣や槍を地面に突き刺す。

「ちっ!」

由利鎌乃介は地中で鋭く舌打ちし、その場から離れた。流石に躱し切ることが出来ず、身に刃を受けてしまった。
由利鎌乃介が人間であったならば、これで勝負は決まっていただろう。身に浅からぬ傷を受け、血を流しながら地中に潜むことなど人間には不可能だからである。
だが亡者の女王ヘルの力によって上級の死者となって蘇った身は出血することも苦痛を感じることも傷で肉体の機能が低下することも最早ない。
頭部を破壊されるか首を斬り落とされることでしか活動を停止することは無いが、地上から地下に潜む死者へ決定的な一撃を与えることは極めて困難だろう。

(やはり俺の勝ちは揺るぎないな・・・・)

再度勝利を確信した鎌乃介は自信を深め、腹を据えて敵の足に地神の爪を振るう。その都度反撃の刃を受けたが、最早微塵も動揺することは無かった。
七体を立て続けに倒したが、未だにその槍の穂先が生身の温かい鮮血に染まることは無い。
全て樫の木で作られ、エインフェリアの神気で動く人形兵であるらしい。

(なかなか姜維本人に当たらねえな・・・・)

剛毅な鎌乃介の心に焦りと違和感が生じる。だがその違和感の正体が何であるかに未だ気が付かなかったのは、十勇士の内で最も若いが故の未熟だろうか。
鎌乃介はさらに三体の足を断った。だがやはり蜀漢の大将軍ではなく、生命の無い人形兵であった。

「こいつで最後!終わりだ、姜伯約!」

勝利を確信した由利鎌乃介は最後に大地を疾走する気配に狙いを定め、渾身の力をその手に込めて地神の爪を突き出した。
足ではなく、その肛門を槍で貫いて即死させてやろうと狙ったのだが、その手に筋肉を突き破り、内臓を破壊して血が奔出する感触が伝わることは無かった。
今まで同様、樫の木で造られた血肉の無い人形を破壊した手ごたえであった。

(馬鹿な、何故・・・・?)

困惑し、動揺した鎌乃介は硬直し、反撃の刃から逃れるべく地中を移動することを怠った。
その瞬間、今まで以上の速度と威力が込められた刃が地中に撃ち込まれた。三尖の刃が鎌乃介の厚い胸板を貫く。

「これは二郎刀・・・・?」

心臓を破壊されたが、、無論痛みは感じない。だが精神に受けた衝撃は甚大であった。
そのまま凄まじい力で引き揚げられ、遂に鎌乃介は地上に身をさらすことを余儀なくされた。
姜維は二郎刀で鎌乃介を刺し貫いたまま、高々と天に掲げる。老いた身でしかも痩せた体つきながら、驚くべき膂力というしかない。

「一体何故・・・・?」

敗北の屈辱で眼の前の光景が砕け散るような精神的苦痛に耐えながら、鎌乃介は問いたださずにはいられなかった。
己の土遁の術、地神の爪は天下無敵であり、しかも死者として闇の力と肉体でもって更なる進化を遂げたのである。
敗れるはずが無い。だがこうして見事に術を破られ、無様な姿をさらした以上は、己の敗因を知らねばならない。

「地下に潜んで己の身をさらさぬという事は極めて有利なようであるが、敵の身をしかと両の眼で確認することが出来ぬという欠点を併せ持つ」

姜維は勝利を誇る様子も無く、常と変わらない沈毅な表情で淡々と言った。

「お主は地下からでも敵の気配を捉えることが出来る並外れた感覚を持っているが、やはり視覚が封じられると致命的な過ちを犯してしまう」

「・・・・」

「拙者は最初に十体のオーク兵を繰り出した。だがその後に密かにもう一体出していたのだ。気が付かなかったであろう」

「何だと・・・・?」

二郎刀に貫かれたまま鎌乃介は驚愕に呻いた。

「そんなはずは無い。確かに貴様と合わせて十一体の気配しかしなかった。俺が足音、地上を伝わる振動を読み違えることなど絶対にありえない・・・・」

「拙者はオーク兵の肩に乗っていたのだ」

「そんな・・・・!いや、それだと貴様の体重でオーク兵の足音と振動が変化するはずだ。俺が見逃すはずは・・・・」

「特殊な体術を用いるのはお主ら忍びだけではないと言う事だ」

姜維はそこで初めて微かにだが己を誇る晴れやかな笑みを浮かべた。

「己の体重を消すことは拙者にも出来る。お主ら忍びの者程巧妙ではないであろうがな。だが、地下に潜んでいる者を欺くには充分だったようだ」

「・・・・」

鎌乃介は言葉を失った。敵の裏をかき、欺き、陥れるのを十八番とする忍びたる己をこうも鮮やかな手口で破るとは。

(何たる奇計、そして見事な業前よ。流石は三国志の英雄姜維。充分に敬意を払い、警戒して戦いに臨んだはずだってのにな・・・・)

「むん!」

姜維は鋭い気合と共に二郎刀を振り下ろした。勢いよく刃から抜けて鎌乃介は地に投げ捨てられた。

「三尖の刃で胸板を貫かれても全く滅びる気配がない。これが闇の力で蘇った死者、ヘルの兵か」

鎌乃介の胸部の傷を凝視しながら姜維は呻くように言った。

「すでに傷がふさがり始めておるわ。神気を込めた刃で首を斬り落とすか、頭部を破壊するしか滅ぼす手立ては無いのであったな。ならば、疾く止めを刺すとしよう」

姜維は当然慈悲など見せず、迷いなく速やかに首を刎ねるべく二郎刀を構えながら歩み寄った。

(残念だな、姜伯約さんよお。俺に止めを刺すことは無理っぽいぜ。時間切れだ)

鎌乃介はほくそ笑んだ。並外れて鋭敏な彼の聴覚と触覚は捉えたのである。武装した巨大な生命体の群れが怒涛のような勢いでこちらに向かって来るのを。
そして彼らに呼応して間もなく大地に巨大な振動が起きることを。

(山の巨人共のお出ましか。エインフェリアとワルキューレの相手をするのはここまでだ。本来の任務を遂行しなきゃな・・・・)

鎌乃介は素早く頭を切り替えて敗北の屈辱を振り払い、強壮無比な生命力と膂力を持つ山の巨人相手にどう戦うか、思考を組み立て始めた。



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