第25話     三好伊三入道

文字数 3,418文字

伊三入道の術によってその醜悪な姿を現した式神は全部で二十四体。その四分の一は翼を得て空に舞っている。
人間の体を基本に、鳥類を混ぜ合わせたような姿で、奇妙な装束を纏い、棒を所持している。エドワードは無論知らないが、日本の民間伝承に現れる鴉天狗と呼ばれる妖怪の姿である。

(全く、悪趣味というしかないな・・・・)

エドワードは好々爺を思わせる温和な顔貌の伊三入道を睨みながら毒づいた。

「貴殿の式神は随分と重そうな甲冑を纏ってますな。ちゃんと動くのですかな?」

「式神じゃない。オーク兵と呼んでもらおうか」

全部でニ十体のオーク兵に隅々まで神気と念を送りながらエドワードは答えた。

「君の紙なんかで出来た薄っぺらい化物では、鋼鉄の武具で身を固めた騎士には傷一つつけられないんじゃないかな?」

「ほっほっほ、そうかも知れませんな。何せこの術を実戦で使うのはこれが初めてですからな。まあ、何にせよ試してみましょうか」

伊三が短く呪文を唱えると、式神が一斉に動き始めた。鳥獣の部分を持っているものの、全く生命の躍動が感じられない機械的な動きである。
地を走る者は十八体。空を飛ぶ者は六体である。。
その空を舞う式神を狙ってエドワードのオーク兵がクロスボウを発射した。
強力な威力と速度を持つ矢を躱すことが出来ず、三体の式神が地に落ちた。だがそれで活動を停止することは無く、何事もなかったかのようにすぐにまた動き始める。
地を走る式神の内、最も速い動きを持つ式神が腕を振るった。その爪は熊の前足を思わせる巨大な爪が備わっている。
鞭のようにしなる一撃を先頭にいるオーク兵が盾で防いだ。その一撃の速度、重さは猛獣をも昏倒させる威力があることをエドワードは認めた。
盾で防いだオーク兵は反撃に転じ、戦斧で頭部を破壊しようとなぎ払う。だが式神は巧みに身を捻って躱した。
オーク兵の長大な槍が一際巨大な式神の脇腹を貫く。だがその式神はその程度ではまるで動じず、豪腕を振るい、その爪でオーク兵の胴を薙いだ。
オーク兵はよろめいたもののすぐに体勢を整え、また槍を振るう。
オーク兵の鋼鉄の武具と式神の爪牙が激しくぶつかり合い、異様な響きがヨトゥンヘイムの大地に鳴り響いた。

(どうやら僕のオーク兵と奴の式神の戦闘力は互角らしい)

青灰色の瞳に冷たく燃える炎を灯しながらエドワードは戦況を分析した。

(勝敗は、術者である僕らがいかに精密に念を送り続けられるかにかかっている・・・・)

集中を乱し、念を送れなかった術者にたちまち攻撃が向くだろう。そうなってはひとたまりも無い。

「このままでは、埒があきませんな」

伊三入道が温和な笑みを消し、渋面で言った。

「貴殿のオーク兵とやらも、拙僧の式神も多少の攻撃ではびくともしない。念が消えるまで動き続ける。しかし、お互い数時間は念を送れるでしょう。数時間このまま配下を戦わせ続けるのは、あまりに退屈ですな」

「・・・・」

「術比べは次の段階に進むべきですな」

伊三は懐からさらに霊符を取り出した。

「お互い式神とオークを操りつつ、さらに術を使って相手の念を断つ。これで行きましょう。さあ、よろしいですかな、王太子殿」

「何だって・・・・」

エドワードは予想していなかった事態に当惑を隠せなかった。

(奴は式神を動かしつつ、他の術も使うことが出来るのか。そんな事僕には・・・・)

出来ない。かつてヴァルハラに侵入した霜の巨人の軍団相手にオーク兵を戦わせつつ術を放とうとしたが、やはり同時には出来なかった。どちらかにしか念を集中できないのである。
さらにルーンの詠唱を行えばオーク兵の動きが止まり、オーク兵を動かしたければルーンの詠唱を止めるしかない。
伊三は霊符を一枚空中に放った。するとたちまち槍に変じ、エドワードに向かってうなりを生じて飛んできた。

(ぐ・・・・。オーク兵は間に合わない。だが光の矢を発動させればオーク兵の動きが止まる。そうなれば式神はオーク兵を突破して僕に攻撃してくる。そうなれば、ひとたまりもなく殺られる・・・・)

ならば、どうするか。

(やるしかない。伊三入道と同じようにオーク兵を動かしながら術を発動するしかない。あいつに出来るんだ、僕にだって出来るはず・・・・!)

エドワードは意識を集中し、神気を高め、印を組んだ。

(意識を、神気を二つに割るんだ。七割をオーク兵に、三割をルーン魔術に。焦るな、研ぎ澄ませ。僕になら、必ず出来る・・・・)

意識と神気の大半をオーク兵に向けつつ、エドワードは光の弾丸を造り出した。

「出来る!」

そしてそのまま光の弾丸を放出し、伊三入道の槍を迎撃させた。光が弾けて槍が砕け散り、紙の破片となって風に吹かれて散って行った。

「ハハ・・・・」

エドワードは思わず笑った。命のやり取りの最中とは言え、新しい技術を身に着け、己の成長を実感するのは他に代えがたい喜びである。
それでも気を抜かず、再び意識と神気の全てをオーク兵に向けた。エドワードの成長に応じ、オーク兵の動きがさらに精密に、力強くなったようである。

「やりますな」

伊三入道が言った。先程までの軽薄な慇懃無礼さは消え、表情と声に真摯な響きがあった。エドワードの力量を認め、己に敗北の可能性があることを悟ったのだろう。

「まだまだ行きますぞ」

伊三は霊符を二枚取り出し、空中に放った。二本の投槍に変じ、飛ぶ。
だがエドワードは最早取り乱さない。こう来ることは既に予測し、素早く印を組んで光の弾丸を二つ造り出した。そしてそのままぶつける。

「今度は僕の番だ」

空中で生じた鮮やかな銀色の爆発には目もくれず、エドワードは先程とは違う印を組んだ。エドワードの指先に炎が生じた。そして勢いよく爆ぜ、雄大な翼を広げる鳥へと姿を変え、飛翔した。

「!」

己にその嘴を突き立て、燃やし尽くさんと飛来する炎の鳥を見て、伊三入道はその好々爺然とした仮面を脱ぎ捨てた。
強力な再生能力を誇る亡者とは言え、全身を焼き尽くされて灰となっては二度と復活することは出来ない。
あのような少年がこれ程までの術を使うとは、流石に予測していなかった。
伊三は殺気だった表情で霊符を三枚取り出し、放った。三枚の霊符は一つになって水龍と化し、その身をうねらせた。
光を放ち炎を纏った真紅の猛禽類と、日の光を受けて耀く水の鱗を持つ蒼龍が空中で激突した。
嘴を突き入れ、牙を立て、爪で切り裂かんと激しく格闘し、身をぶつけ合った末、二匹の神獣は共に蒸発し、ヨトゥンヘイムの大地に吸収されていった。

「・・・・」

「・・・・」

二人は顔面を蒼白にし、息を切らしながら無言でにらみ合う。お互い強力な術を使ってしまい、更なる術を行使する余力を失ってしまった。
なおもオーク兵と式神は戦い続けているが、その動きは目に見えて鈍くなっていた。
数分程戦っていたが、やがてオーク兵は凍り付いたようにその動きを止め、それと同時に式神は元の霊符へと姿を変えた。
エドワードと伊三入道は全ての気と精神力を使い果たし、言葉を発する余裕も無く、その場にへたり込んだ。
二人は息を整え、体力と精神力を回復することに専念した。やがて伊三入道は皺深い顔に苦悶の表情を浮かべながらも立ち上がった。
その手には黒い扇が握られている。ただの扇ではなく、その親骨の部分は鉄で出来ている。いわゆる鉄扇である。
護身用の武器であるが、伊三入道は鉄扇術を極め、手練れの武士を討ち取る程の妙技を会得している。
数瞬遅れてエドワードも立ち上がり、剣を抜いた。

(重成に剣を習っていて、正解だったな・・・・)

元々エドワードは学問を好み、あまり武術には身を入れなかった為、薔薇戦争ではほとんど武勲を立てることなくあえなく戦死した。
その反省と、また生来の好奇心の強さもあって東洋の戦士サムライの特異な剣術に興味を抱き重成に教えを乞うたのだが、ここに来て役に立ちそうである。
重い手足を引きずりながら、エドワードは重成の勇壮な姿を脳裏に思い描き彼になり切って剣を上段に構えた。
伊三入道もそれに応えて上半身を捻った半身になり、鉄扇を構える。見事に脱力が効いており、全く隙が無い。
精神も肉体も消耗の極みにありながら、お互い本領ではない武術を使って戦おうとする両者の耳に、重々しい響きが届いた。
雄大な肉体に重厚な武装を纏った巨大な生命体が大地を揺るがし、疾走している。しかもかなりの数らしい。

「山の巨人か・・・・!イズガが仲間を連れて戻って来たのか!」





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