第40話  燃える空

文字数 2,075文字

「こんな小さい奴らが・・・・」

他種族、それも巨人族ですらない小さな、いかにも非力な種族への嫌悪と侮蔑に満ちていた山の巨人族の表情が驚愕に凍り付いた。
一個の生命がこれ程軽やかに素早く動き、それでいて力を一切用いずに武器を振るって凄まじい威力を発するなど、想像だにしたことが無かった。
彼らにとって戦いとは、いかにその持った剛力を振るえるかである。他の種族を大きく凌ぐ持って生まれた鋼の筋力で両手持ちの武具を全力で敵に叩きつける。
それが全てであり、洗練された技術など一切必要とされない。
高度な知性と精神性を持つ山の巨人族であるが、彼らに「武」という概念、精神、技術が発達する余地は無く、またこうして目の当たりにしても、正しく理解できないのは当然と言えるだろう。
従って彼らはまたも顕家と重成を狙って力任せにその武具を大きく振り上げた。

「芸の無い者共め」

「・・・・」

顕家は余裕と蔑みの冷笑を浮かべ、重成は緊張を解かないまま、力まぬよう小さく息を吐いた。
そこに又兵衛、姜維、ヘンリク二世、フロックが駆け付けた。

(わしにあの二人のような芸当は出来んな。向いておらん)

槍をしごきつつ又兵衛は思った。
穴山小介と戦い、その居合術を眼に焼きつけ、その身に受け、そしてその技をいくつか己の物にしたことで、脱力こそが剣術の奥義であることを改めて思い知った。
百戦錬磨にして己の分を知り尽くしている又兵衛は脱力を身に着け、剣術の深奥に近づくことは出来るが、顕家、重成程の深い領域に達することは出来ないと悟っている。
それは才能の差というよりも、志向の違いの方が大きいのだろう。

(力を抜くことにだけ意識して戦ってもつまらん。戦というものは力を解放することこそが醍醐味よ)

だが、それでは単純な力では大きく上回る山の巨人族、そしていずれ戦うことになるムスペルには通用しないだろう。ならばどうするか。

(剛柔一体。それこそがわしの武よ)

又兵衛は巨人から間合いを取った。そして大きく戦槌を振り上げた巨人の甲冑の隙間、脇の部分を狙って槍を投じる構えに入った。
渾身の力を込めて槍を掲げ、投擲するその刹那の瞬間、居合術の要諦で脱力し、丹田に気を集中する。
その結果、投じられた槍は恐ろしい速さでうねりを生じて飛び、閃光となって巨人の脇に飛び込んだ。
急所を穿たれた巨人が苦悶と無念の表情を浮かべ、がっくりと膝を付く。
そこに又兵衛が巨体を躍らせて懐に飛び込んだ。顕家や重成には及ばないが、軽やかにして流麗な動きである。
そして力任せに巨人に突き刺さった槍を引き抜く。脇から滝のように鮮血がほとばしり、巨人は失血で意識を失った。
さらに姜維は五体のオーク兵を出現させて巨人を牽制し、フロックは十本の穂先を向ける。ヘンリク二世は盾を構えながらフロックの側に佇立する。
巨人の攻撃が彼女に向かったその時は、我が身でもって庇う覚悟なのだろう。
小さき者達の驍雄に鼓舞された壮年の巨人族が闘志を燃え上がらせて猛々しい咆哮を上げると、それに反応して若き巨人族が殺意と狂気の響きが込められた雄たけびを上げた。
そして互いにその鋼の筋肉を怒張させ、相手に全力の一撃を叩きつけようと武具を大きく掲げる。
その時である。ヨトゥンヘイムの大空は碧く澄み渡り、秋風に乗って多くの白雲が軽やかに飛んでいたが、突然紅に染まったのである。
雲は一つ残らず掻き消え、肌に心地良い涼やかな秋の気は霧消し、猛夏を思わせる熱風が天地を満たした。
炎に包まれた隕石が真紅の軌跡を描きながらヨトゥンヘイムの天を走り、地上めがけてまさに降りそそごうとしていた。

「あれは・・・・!ムスペル・・・・!」

大軍を展開しづらいヨトゥンヘイムには例えムスペルと言えど正面から攻め寄せては来ないだろうと予測していたが、考えが甘かったらしい。
全ての生命、被造物を焼き尽くすという宿命を持って生まれたムスペルはやはり最強の生命である山の巨人族とヨトゥンヘイムの豊かな自然を見逃すなどあり得ないと言う事なのだろうか。

「いや、隕石の数がヴァナヘイムの時に比べて随分少ない・・・・?」

あの時、ヴァナヘイムに攻め寄せて来たムスペルは二万を数えたが、ヨトゥンヘイムの天空に走る隕石の数は視認したところその百分の一程に思えた。
隕石がヨトゥンヘイムの大地、山々を穿ち、熱風と炎を巻き起こした。木々が焼き払われ、鳥や動物たちが悲痛な絶叫を上げ逃げ散って行く。
ヨトゥンヘイムの天空を紅に染め上げた隕石を見た瞬間、金縛りにあったように動かなくなった山の巨人族であったが、山々と大地に炎の海が生じたのを目の当たりにし、我に帰ったようである。

「何だあれは!」

イズガが憤怒の声を上げた。その声を聞き、思わず重成、そして長とグラールは巨人の若者の髭に覆われた若い顔貌を凝視した。
イズガは憤怒の表情を浮かべているが、その瞳には先程まであった狂気、呪いに囚われた暗黒の光が明らかに消えていた。
その代わりに若々しい生命力、理性、そして愛する郷土を踏みにじられたことに対する純粋にして気高い怒りの炎が鮮やかに灯っていた。





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