第46話  炎柱

文字数 2,095文字

「うおおお!悪鬼共が、よくもおおお!」

山の巨人族の戦士団の先頭に立つイズガが血の涙を流しながら怒号した。彼に従う若者、壮年の巨人もそれに続く。
一族同胞が、赤子に至るまで殺し尽くされたことを知った山の巨人族の悲憤の叫びが山々を揺るがし、大地を波立たせる。
ムスペルの騎兵の中でも特に優れた馬術を持つらしい一騎が炎の剣を掲げ、大地の震動をものともせず疾風の勢いでイズガに突進する。
イズガが迎え撃つべく鋼の筋肉を隆起させ、渾身の力を込めて戦斧を振り下ろした。
ムスペルの灼熱の刃とイズガの分厚い鋼の刃がぶつかり合い、巨大な火花と刃鳴りが生じた。
体躯と膂力では山の巨人族の方が上回っているものの、騎馬の突進力が加わったムスペルの一撃はイズガの攻撃の威力を凌駕するはずだろう。

「ぬううううう!」

だが、憤激によって我を忘れたイズガは全身の筋骨が砕け散っても悔いはないとばかりに金剛力を振るう。
食いしばった口から血が流れ、まなじりが裂けんばかりの形相のイズガが遂にムスペルを一角獣から吹き飛ばした。
イズガは素早く戦斧を一閃させて一角獣の首を刎ね、起き上がろうとしたムスペルの頭蓋を叩き割った。
山の巨人族、炎の巨人族ムスペルが同時に咆哮を上げる。山の巨人族は同胞の復讐と大地の怒りを思い知らせる為、ムスペルは全ての生命、被造物を灰燼に帰す為に生まれた使命と灼熱の業火の威力を改めて確認する為に。
山の巨人にはムスペルが放った炎の矢、赤熱の雨が降り注ぎ、ムスペルには岩の弾丸が飛来し、そして大地に裂け目が生じて一角獣の足を飲み込む。
全身を炎に包まれ、大やけどを負っているにも関わらず、山の巨人の戦士達はその豪腕で超重量の得物を振るい大地の力を行使し、ムスペルは岩で肉体をえぐられ骨を砕かれながらも炎の剣を振るい、火を縦横に操る。

「凄まじい……」

猿飛佐助が常に浮かべている薄ら笑いを消し、感嘆の声を上げた。佐助を憎む根津甚八も、他の十勇士も同様であった。
人間とはあまりにかけ離れた強大な力を持つ二つの種族がその存亡を賭け、全ての力を尽くして互いに滅ぼし合っているのだ。
彼らは己の使命をこの時ばかりは忘れ、巨人同士の凄惨な戦いを見守っていた。

「……」

それは、遅れて到着したエインフェリアとワルキューレも同様であった。
イズガに助太刀すべく突進する長とグラールに言葉をかけることも忘れ、あまりに凄まじい戦いにまばたきすら忘れた。

「爺様、父様!」

イズガが戦いの狂気から一瞬、目覚めて歓喜の声を上げる。グラールもまた重厚にして隙の少ない一撃をムスペルに見舞い、長は武器を持たずに大地に念を送る。すると一際巨大な岩が山から転がり落ち、ムスペルの騎兵数騎を弾き飛ばした。

「ふうむ。やはり地の利を得ている山の巨人族が有利か……」

巨人以外の種族にあって誰よりも早く我に帰り、戦いの趨勢を見極めたのは佐助であった。このまま神話的な巨人同士の戦いを最後まで見届けたい誘惑にかられるが、やはりエインフェリア達を、木村重成を出し抜き、あの男を悔しがらせたいという欲求が勝った。

「イズガとやら、若造の分際でよう戦っとる。だが小さい者達の存在を完全に忘れておるな。よし、では一瞬で指輪を抜き取ってやろう。お主は指輪を盗まれたことにも気づかぬ。そのまま命果てるまで愛する郷土を踏みにじった憎い敵と戦い続るがよい」

佐助は己の両脚に意識と念を集中させた。今の己の力ならば、筋斗雲に乗って大空を飛ぶ孫悟空をも上回る速度で宙を飛び、イズガの懐に入り込めるだろう。

「……!」

いざ跳躍せんと体勢を整えた佐助の動きが止まった。凄まじい気迫を叩きつけられ、猿飛佐助ともあろう天才忍者の五体が一瞬とは言え、緊張で縮こまったのである。
かつてない怒りと屈辱を覚えた佐助は己に気を叩きつけた主をその重瞳で追った。

「木村重成……」

やはり光と闇、己と対極の魂を持つ宿敵だった。彼はその白皙の顔を紅潮させ、切れ長の眼に震雷の気を湛えて佐助を睨み付けていた。
佐助の邪な意志を感じ取り、これを制止すべく渾身の気迫を放っている。

「猪口才な……!」

佐助は重成の気を払いのけ、再びイズガの元に飛ぶ姿勢を取った。重成は佐助の動きを封じる為に更なる気を放ちつつ、刀の鯉口を切る。
だがその両者の肌を焼く強烈な熱波が天空から降り注いだ。
かつてない強烈な炎熱、そして比類ない破壊の意志を秘めた存在を感じ取ったエインフェリアとワルキューレ、それに真田十勇士、更に勝利を確信し、いよいよ猛勇を振るおうとする山の巨人族も肌に粟を生じさせながら天空を見上げた。
ヨトゥンヘイムの中天に巨大な火の玉が出現していた。それは遠き銀河から戦火と血を司る火星が降って来たのではないかと錯覚させる程に禍々しい赤い炎を纏った巨大な隕石であった。

「まさかシンモラか……?」

そう呟いた重成の声を佐助の超人的な聴覚が捉え、佐助もロキに聞かされた炎の巨人族の女王と対峙する興奮を覚えた。だが、

「いや、違う……」

そう否定する重成の声を聞きながら、佐助はムスペルと山の巨人族の死闘の場から少し離れた位置に生じた巨大な炎の柱を凝視した。

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