第17話  対峙4

文字数 2,581文字

重成は根津甚八のサイの突きを右方向に移動して躱し、その頸部を断つべく道芝露を振り下ろした。
だが甚八は必殺の一撃を素早くかがんで躱し、そのまま一気に跳躍して重成の顔面に回し蹴りを見舞った。

「蹴りだと!」

全く予想していなかった攻撃に重成は驚愕したが、その天成の反射神経は五体を雷のように駆け巡り、間一髪のけぞって疾風の一撃から逃れた。
そして素早く身を起こして太刀を正眼に構える。

「跳躍して顔面に蹴りを入れようとは・・・・。それが琉球の武術か」

重成は全身に冷や汗が伝うのを感じながら言った。重成にも体術、組討ちの心得はある。
通常、侍が格闘で蹴りを用いる場合は、前蹴りで股間を蹴り上げるものと決まっており、へそから上を狙うという発想はない。

「いかにも。よくあれを躱したな。やはり大したものだ」

率直に感嘆と賞賛の言葉を口にする根津甚八の四肢を重成は観察した。
侍の武術は投げ技と関節技を重視し、打撃はあくまで補助的なものと考える。
だが琉球の武術は己の手足を鍛えて武器そのものと化し、様々な部位を狙った変幻自在の打撃の一撃で勝負を決するという考え方のようである。
事実、あのとてつもない威力を持った回し蹴りをまともに喰らっていたら、顔面はもとより首の骨もただでは済まず、昏倒していただろう。

「面白い」

重成は様々な思いが霧消し、闘志がふつふつと湧いて出るのを感じた。
全く目にしたことのない異なる技術体系を持つ手練れとの戦い。
今この時ばかりは、任務や山の巨人、そしていずれやって来るやも知れぬロキやムスペルの存在を忘れ、この戦いに己の全てをぶつけようと思った。


「ぬうううう!!」

「ぐあああああ!!」

二頭の猛獣の咆哮がヨトゥンヘイムの山々に鳴り響いた。
ローランの聖剣デュランダルと三好清海入道の錫杖が絡み合い、二人はその剛力を競い合っていた。
二人は共に顔面を朱に染め上げ、こめかみに太い血管を浮かび上がらせながら、内心驚愕し、感嘆の念を抱いていた。
彼らはいずれも己の剛力に絶対の自信を持ち、この世に己の剛力に匹敵する者などいるはずがないと信じていたのである。
だが、こうして図らずも互角の力を持つ者と遭遇し、小細工は一切用いずに腕力のみで相手をねじ伏せる戦いを繰り広げることになった。
二人の怪力は全くの互角だったが、その持つ武器にはやはり差があった。
清海入道の鋼鉄製の錫杖は特殊な鍛え方を施しており並外れた強度を誇っていたが、聖剣デュランダルの刃には抗することは出来ずについに真っ二つになったのである。
そうなることを事前に察知した清海入道は錫杖が両断された瞬間、その巨体で驚くほど素早く体を動かし、手刀でローランの右手を打った。
思わずデュランダルを落としそうになって慌てたローランの顔面を左手で掴み、右手でデュランダルを抑えつける。
こうなっては剣を諦め、素手で決着を付けるしかないことを一瞬で覚悟したローランはデュランダルを放し、右手で己の顔面を握りつぶそうとする清海の左手首を掴み、左手で清海の喉を掴んだ。
左の五指に特に力をこめ、清海の喉を一気に握りつぶそうとしたが、その喉は牡牛のように太く、いかなる鍛錬をしたのか、まさに鋼鉄そのもののように固かった。
清海の太い指によって頭蓋骨が軋み、凄まじい激痛と眩暈がローランを襲う。右手で清海の腕をもぎ放そうとあがくが、微動だにしない。

(こうなったら、俺の頭蓋骨が握りつぶされる前に、この男の喉をつぶすしかない)

「死ねええええい!」

覚悟を決めたローランは絶叫しながら全身の神気を左の五指に集中し、渾身の金剛力を振るった。


エドワードは素早く小さくしてあるオーク兵二十体を取り出し、ルーンの詠唱を唱えて元の大きさに戻した。
フルプレートアーマーに身を包んだ騎士がヨトゥンヘイムの日光を反射させながらその雄壮な姿を現す。
その持つ武器は様々で長剣や長槍、戦槌や戦斧、さらにクロスボウを持つ兵もいた。

「おお、これはすごい、南蛮の武者が二十体とは。見事な術を使いますなあ」

五尺に満たぬ短躯の三好伊勢入道が皺深い顔に感嘆の念を露わにした。しかし動揺や恐怖の念は微塵も無いように見える。

「申し訳ないけど、一対一の決闘なんてする柄じゃないんでね。この騎士たちと戦ってもらうよ。無理だというのなら、降伏するかい?僕は快く受け入れるけど・・・・」

「ははは、王太子殿は戦が御嫌いらしいですな。まあ、拙僧も兄や仲間達と違って戦は格別好きではありませぬ。ですが、主の命故、降伏などは許されぬのです」

伊勢は笑顔を絶やさず穏やかに言いながら懐に手を入れた。

「それに、一度死して、蘇ることによって得た力によって拙僧も術が向上しましてな。まずは試すことを許していただきたい」

伊勢の手には複雑な模様や奇妙な字らしきものが描かれた札のような物が数十枚握られていた。

「霊符と申す。陰陽道で用いられる札ですな」

「オンミョードウ?」

エドワードが初めて耳にする言葉である。

「ははは、紅毛国人は知らないでしょうな。陰陽道とは、日本古来の神道に唐土から伝来した道教や密教が習合したものでござりますよ。拙僧は仏法のみならず陰陽道も修行した外法僧という訳ですな」

伊勢は札に描かれた模様を指でなぞりながらうっとりと言った。

「まあ、生前においては拙僧の陰陽の術などただのこけおどし程度にしか使えませなんだが・・・・。ロキ様とヘル様より賜った暗黒の力によって、ようやく戦に使える代物になったようですわい」

そう言ってから伊三はエドワードに聴き取れぬ奇妙な呪文を呟き、札を空中にばらまいた。
すると、札はしだいに変化し、人の姿を取り始めた。いや、人ではない。頭部に巨大な角を生やし、牙を持ち、赤、青、黄と言った毒々しい体色を持つ獣人。日本の伝承の鬼と呼ばれる怪物。エドワードから見ればキリスト教における悪魔、魔神そのものというしかない醜悪な化物である。

「これぞ式神でござります。陰陽道の大家、かの安倍晴明は十二神将に擬して十二体の式神を使役したとのことですが、拙僧はその倍の二十四体を使役することが出来まする」

「・・・・」

エドワードは念を送って二十体のオーク兵に戦闘の構えをさせると同時に、自身も印を組んだ。

「さて、王太子殿。貴殿のオーク兵とやら申す式神が上か、拙僧の式神が上か。いざ尋常に術勝負と参りましょう」


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