樋速日水光姫命を発光させたい、神の光を確かめたい!

文字数 1,933文字

第八話 ご神体を発光させたい?!
 もしやと本殿のご神体を確かめたがこれはそのまま残っていた。正直ホッとした。ただ樋速日水光姫命の意図が分からなくなった。ミヒカリヒメは自らの存在を知らしめ氏子からの蛮行をも明らかにした。それは威光を取り戻す為ではないのか? 本庁に祀られることは日本神道の神として認じられ信仰を取り戻すことになる。なのにどうして証拠を消してしまうのか?
 真夏日が一週間続いていた。木立に囲まれた幣殿、神殿も暑い。祭祀の最中は扉を開けるのでクーラーはあまり意味をなさない。正装束ではあちこちに汗がしたたる。
「ハクさん。そこに居る?」
 社務所から陽菜がやって来た。清人はミヒカリヒメに関しての事実を知らせるかどうか迷っていた。特に小山さんの死には大きなショックを受けるはず。
「いやーやったわ! うちの子たち特別賞を貰ったってさ」
 ガッツポーズをしている。例のダサい部長からメールが届いたようだ。
「高校科学アカデミーのことかい?」
「うん、発想が面白いって。こんな暗いコロナ禍で希望が持てるってさ。いいな高校生。私が同じ内容を発表すれば論外だと無視するに決まってるけどな」
 天才高校生のことは陽菜から聞かされていた。
「ええ? どんな内容なんだい」
「うん、私の数式を光より速い(rayα)を使って解いたのよ。それでブラックホールの存在が明らかになるってワケ。問題はその(rayα)。この前その天才女子がここに来たの。(rayα)を神の光と定義したいって。饒速日命(ニギハヤヒ)のハヤヒは神光を表すんじゃないかと言うの。私もそん時ハッとさせられた」
「なるほど」
 清人は饒速日命のご神体を見つめ考え込んでいる。
「私ね、そん時、樋速日水光姫命(ヒハヤヒミヒカリヒメ)のことを想ったの。だってその名前はもうズバリ神光を表してるんじゃないかってね」

「小山さん、亡くなったそうだよ」
 やはり黙っているのはよくない。清人はザっと今までの経緯を説明した。陽菜はやはり肩を落とした。
「やっぱり。私たち行かなければ良かったね。ノコノコ氏子を探しに出掛けたから小山さんは死ぬことになっちゃった」
「まぁ僕たちじゃなくても何れ誰かが訪問したさ。ミヒカリヒメの意思に従う者は現れる」
「じゃ、ミヒカリヒメはどうなるの? 本庁にも断られたら」
 陽菜は写真やボイスメモが消失したことに別に疑問を差し挟まなかった。陽菜は自然科学者。なのに神の恩恵、恩寵、畏怖、祈願、祈祷、お祓い、おみくじなどスピリチュアルな事柄にも興味を示した。陽菜に言わせれば(天文)物理学者は研究を進めれば進めるほど神の領域に踏み込んでゆくと。どうしても神を意識せざるを得ないらしい。
「このままかなぁ」
「だって、あの総代の柳川さんにすぐに見つかっちゃうわよ。
このひと柱は一体なんだってぇ~」
 陽菜は柳川さんの口調を真似て見せた。万事細かな人で清人もあまり得意ではない。この秋の新嘗祭にはきっと見つかるだろう。
「ミヒカリヒメは一体どうして欲しいんだろう?」
 陽菜は清人の疑問を共感する。
 夕陽も落ちてすこしは涼しくなる。二人は久しぶりに食事を兼ねて散歩に出掛けた。この付近には自衛隊の航空基地があって旧駐留軍に由来するアメリカンタウンがある。遺された
(ザ・アメリカ)な家をそのまま使ってお洒落なカフェや雑貨店が並ぶ。

「タコスと生ビールもらおうかな」
「僕はハンバーグ」
 清人は飲めない。
「相変わらずお子ちゃまだねぇ~」
 陽菜はよく冷えたジョッキを豪快に口に運ぶ。
「ここ変わらないねぇ。よくデートで来たね?」
「ああ、よく覚えてる。あの頃は陽菜の心がよく分からなかった。自分に関心があるのか
『千と千尋の神隠し』に出て来るニギハヤヒの現人(あらひと)・少年ハクが好きなのか?」
「あら、今でもハクの方が好きよ」
 タコスにかぶりつきながら悪戯っぽい瞳を向けた。
「残念だけどニギハヤヒは女性だと思うな。奉ずる神職がそう思うんだから間違いないよ」
「ねぇ、ハクさん。わたしお願いがあるの。アカデミーで特別賞を取った論文を私も支持しているの。光より速い神光はあるって。それでね、樋速日水光姫命のご神体を大学の研究室に持ち込みたいんだけどいいかな?」
 清人はフォークを一端置いて瞑目した。
「あのさぁ、これは理科の実験じゃないよ。軽く考えて貰っては困る。神を扱うには全霊を傾けなくてはならない。それは命を賭けるということだよ。ひょっとしたら本当に命を取られるかも知れない。そのことはミヒカリヒメの氏子たちに起こったことで理解できるよね。神は決して過ちを許してはくれないよ」
 この晩のビールの味はやけに苦かった。

第九話 天才女子高生からの手紙 に続きます
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