次々に命を奪われる氏子たち、棄てた神の祟りなの?

文字数 2,440文字

第五話 「命」奪われる氏子たち

 ワシらにはご先祖代々の菩提寺と赤城山(神社)の末社があるでな。そう云えばアンタが言うように信者は黒沼の人間だった気もする。なんでダメになったか? それが不思議なことにのう。信者が死んでいくのよ。赤痢とかコレラ、心臓とか頭とか。毎年減っていく。
 村の衆はやっぱり山神さんのタタリだと蔭口をたたいておった。平成天皇さんの頃にはもう荒れ果てておったと思う。……そんだ。村はずれに小山という婆さんが一人暮らしをしよる。あの婆さんは黒沼の出だったな。行って聞いてみるといい。アンタ埼玉の宮司さんかい。そりゃそりゃご苦労なこって。遠いところ」
「ハクさんは理解できた? 」
 陽菜は老人の訛りについて行けてない。
「ああ、陽菜の数式よりはましかな」 
 おにぎりをパクつきながら清人が、
「僕なりに予測をつけてはいたんだけどだいぶ話が読めて来た。最後は小山さんに裏付けをとる」
 なんだか刑事さんのような口ぶり。
 小山さんは庭の縁側に新聞紙を広げて山菜を干していた。婆さんというから腰が曲がった皺だらけの女性を想像したが違った。ダークグレーの髪を品よく束ね、背筋のスッと伸びた中年の女性だった。小山さんはまるで二人を待っていたかのように縁側に招いた。
 座布団に寝そべっている黒猫の隣に二人は腰かけた。目の前の花壇には数種の紫陽花が大輪の花を咲かせている。小山さんはよく冷えた麦茶をすすめてくれた。
「琴龍宮のことですね? 」
 驚いた顔付きの二人に、
「だってこの歳になって私を訪ねて来る人は他に郵便屋さんぐらいだもの。それにあなたは狭山の神主さんだって言うから」
「実は黒沼地区の住民の元氏神のご神体を預かっているものですから」
 ご神体を預かるようになった経緯と樋速日水光姫命について手短に話した。
「やはりね。黒沼地区の住人つまり旧狭山の滝山・園部の人間は全員死んだの。末裔は私と札幌の息子だけ。私は斎藤本蔵の末娘で昭和の終わりにここ小山家に嫁いだ。どういうわけか小山家の人たちまで亡くなってしまった。私の娘までね。うん、どういう訳かじゃなくてちゃんと理由があるのよね。ミヒカリヒメの祟り」
 小山さんはアッサリと断言した。指さした座敷の仏壇には多くの位牌が置かれていた。それも尋常な数ではない。
「昭和の初めの頃、五才の子供が神隠しに在った。村民総出で懸命の捜索は一週間も続いた。もちろんミヒカリヒメにもお願いした。でもその後も毎年のように神隠しは続き数年で五人。六人目が出た時、村民はさすがに慌てた。何かに祟られている。
 そんな時に若い巫女が現れた。巫女は{琴龍神(新興宗教の神)}を信仰するように村人を説いて回った。そして六人目の神隠しの子供を見つけ出して来た。ミヒカリヒメを捨てた理由はもう判るわよね。
 やがてダムの話が持ち上がり村ごと黒沼に移住した。巫女さんも一緒について来た。そして戦前戦後、前橋や高崎で自らの美貌を売りに新興宗教を広めた。それで建立されたのが琴龍宮。一時は近くの温泉をセットにして「琴龍宮詣で」という言葉が産まれるぐらい流行ったらしい。
 でも昭和四十年代に入って突然、巫女さんが雷を真面(まとも)に受けて感電死した。そこから衰退がはじまり住民たちの連続死も始まった。私が青春期を迎える昭和五十年代にはもう半数になっていた。何かがオカシイ。{ミヒカリヒメの祟り}という言葉も住民からは囁かれ出した。
 父の本蔵も私が小山に嫁いだ次の年に心筋梗塞。兄二人は一緒に車ごと谷底に落ちて亡くなった。姉は破傷風の悪化。母は乳癌。斎藤家だけだったら呪われた一族で済んだかも。
 だけどどこの家も似たようなものだったわ。最後に私の娘も五歳の時雷に打たれた。私はいつ祟れ死にしてもいい。でも、最後のひとり札幌の哲也だけは見逃して欲しい」
 小山さんは何処にと云うこともなくただ懇願していた。同性として陽菜も鋭く共感する。
「話し辛いことお聞かせ戴き本当にありがとうございました。大変参考になりました。不審な点をちょっと。巫女さんとお子さんの落雷死ですがこの辺りで普通のことなんでしょうか? 」
「この辺りは夏に大きな入道雲が興ってよく落雷があります。どうなんでしょうか」
「なるほど。最後になりますが今述べられたことを証言出来るのは小山さんだけでしょうか?」
「はい、いえもう一人巫女さんに女の子が居たと聞いてます。生きていても八十歳近いお祖母ちゃんでしょうけど」
 清人はボイスメモを止めた。話すにも聞くにも堪えない事情だった。小一時間が半日にも感じられた。
 二人は重々礼を陳べ庭先から外に出た。車に乗り込もうとすると声がかかった。
「あのう。ミヒカリヒメはどうなるんでしょうか? 」
 祟り神として見ていた小山さんには最も訊きたいことだろう。自分の命の保証にも繋がる一大事だ。
「しかるべくお祀りし神社本庁で保管することになると思います。もうすでに以前のような放置の状態ではありませんしご心配なくしてください」
 清人もそれ以上に伝えようがない。
「あの人は最後の生き証人として生かされていたんじゃないかな」
 車の中でスマホを見つめながら清人がボソッと。
「今日みたいな日のために。神に対して人間(氏子)が何をしたのか。それを白日に晒したかった」
 「ええ? だって水光姫命はみんなが信仰する日本神道の神だよ。悪霊じゃないよ」
 陽菜は咄嗟に小山さんの身を案じた。
「神さんには縋るような頼もしい面と残酷な怖い面もある。それを含めて神と言うんだよ。怖いから畏怖や畏敬の念が生まれる。この類の話は決して珍しくはないんだ」

 帰りの運転は清人の番だ。シートポジションを調節してから走り出した。赤城山を背にしてひたすら夕陽に向う。助手席の陽菜は小山さんの元に忠告に戻ろうと何度も口に出しかけては我慢した。
 いまさら幾ら警告してもどうにかなるもんではない。それこそ神のみぞ知る。

第六話 真実を求めて に続きます

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み