忘れ去られた真実が語られる

文字数 1,474文字

第六話 もうひとつの真実

 老職はシブ茶を含むと重い口をひらいた。
「昭和の初めの頃だからワシも実際には知らん。親父殿から聞かされた話しじゃよ。雲流大社には二村三百人の氏子がおった。まぁ規模は小さいから専属の神主は置かずに祭祀は東明社で行うという取り決めが昔からあった。
 大正の終わりに親父殿が雲流大社の宮司を兼務した時の氏子総代が斎藤家だった。茶の豪商だよ。この地区には街道を挟んでもう一軒、茶の豪商・嵜上家がおって仲が悪かった。その嵜上の跡取りが夜な夜な通っていた新橋(芸者)からお妾を連れて来た。それが美奈。
 この女ただの囲われモンじゃなかった。すぐに悪さをしよった。この時代の医療は遅れていて医者も山を下りて立川に行かにゃならん。だから住民はちょっとした身体の変調は付近の祈祷師やら占い師を頼った。
 美奈は霊感があったんじゃな。アッと言う間に評判の巫女さんになった。何せ嵜上という出資者(後ろ盾)がいる。神社のような社(やしろ)をこさえて自己流の祭祀も行うようになった。現金なもので住民はそれまでの氏神・雲流さんには目もくれなくなった。
 そんな時に神隠しが起こった。三年の間に六人目ということで村では大騒ぎになった。村民は一応、雲流さんと巫女さんの両方に祈願した。結果は美奈の勝ち。だってこれは美奈と嵜上が東京のヤクザを使って仕組んだ偽装だった。
 ヤクザが男の子を攫って匿い、巫女の祈祷に応じて解放した。この事件をきっかけに村の氏神は巫女と決まった。ワシの親父殿も役立たずと解任されてしまった。氏子総代の斎藤家も職を放棄し巫女と嵜上に屈服した。まぁザっとこんな感じじゃよ。参考になったかな」
 老職は口惜し気な顔をしジッと瞑目した。境内にはドーンドーンと本殿から神事に使う太鼓の音が響き出す。
「実はその巫女さんと旧住民の現状を前橋まで見に行って来ました」
 清人が言うと老職の眼は即座に見ひらいた。
「巫女さんは昭和四十年代に入って落雷で感電死したそうです。巫女と一緒に移住した住民は三人を残してすでに死に絶えていました。そのおひとりのお話しでは、(ミヒカリヒメ)の祟りと
おっしゃっていました。これで全貌が解けました。なぜ樋速日水光姫命が棄てられたのか。お話しをありがとうございました」
 老職は膝を叩かんばかりに身を躍らせた。
「ほぉ、それでこそ日本神道の神・樋速日水光姫命じゃ! ワシは片時もこの神さんのことを忘れられんかった。本当に酷い事をされた神さんだから」
 清人も同じ神職にある者としてその思いはよく理解出来た。
「で、ご神体をどうする? 」
「苦慮しています」
「やはり本庁に預けるしかないのう。いまさら社を造ろうとしても場所も氏子も居ない。ただ心配なのは(祟り神)になってはいないかということじゃ」
「祟り神ですか? 」

 清人はこのフレーズに何とも言えない末怖ろしさを感じた。樋速日水光姫命は元々平将門
(怨霊・祟り神)を鎮めるために降りて来た。それなのに……。
「しかし怨念という概念が本当にあったとしても、すでに祓われているのではないですか? 大もとの巫女さんを殺害し殆どの氏子を死に追いやっています。その子や孫まではいくらなんでも」
「うーん、分からん。神さんが何を考えるのか。係りのある血筋を根絶やしにするまで祟るかもしれん」
 老職の言葉には経験から来る重みがあった。
「ワシんとことアンタのところで合同でお祀り上げをしようじゃないか。どれほど役に立つかは分からんが」
 清人はただ頷くしかなかった。

第七話 天才女子高生、神の光を指摘する に続きます
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