人知れず棄てられた神の謂れが明らかに!

文字数 1,635文字

第三話 棄てられた神の履歴書
 写真を大学の神道学部研究室に照会し程なくして祀られていた神の名前が判明した。
「樋速日水光姫命(ひはやひみひかりひめのみこと)」
 今度はその縁起(謂れ)ついては神社本庁に問い合わせた。二日後に社務所にファックスが届く。
 正式名称・雲流大社。ご祭神は出雲大社系の水神。問い合わせの場所からその神社の縁起は次のようなものである。
 平将門の乱(十世紀関東中心に起きた武士による武装闘争)で焼き払われた大地に突然天から降って来たとされる。神々しい輝きを放っていた。付近の住民はその「アメジスト」を祖先信仰の祠に収めた。それが神社のはじまり。それ以降この地域には何の厄災も起こらなかったと謂われる。樋速日水光姫命の御名が散見されるようになったのは室町幕府以降のこと。守護大名が武家の上杉氏に定められてから。付近を流れる柳瀬川、不老川の氾濫から護るために丁重に庇護された模様。

 「武蔵国上杉家文書」には雲流大社の四季折々の祭祀の様子がこと細やかに記されている。以来、付近五集落の氏神として昭和初頭まで鎮座した。大きな変化が起きたのは人造湖、多摩湖・狭山湖の建設による近隣村の移転消失と氏子たちの宗教観の激変。一般的に村が湖底に沈むような場合、住人と共に新天地に遷宮するものであるがこの場所には特異なことが起きた。人心が離れた。一体何が起こったのかは謎とされる。やがて雲流大社は名実共に狭山湖底に沈んだ。今では湖畔に祠が残されたことすら記述が存在しない。

「なるほど。忘れ去られた神。信仰を持たない神か」
 清人は読み終えたあとのファックスを陽菜に手渡した。
「酷い話だわ。大事な氏神なのに。ゴミのように棄てられちゃった」
 陽菜は憤慨した。
「そうだね。家の裏手に在ったお稲荷さん(赤鳥居)が新ビル建設のために撤去されたなんて話はよくあるけど、この規模の神社の神さんが氏子から一斉に見放されるなんて滅多にあることじゃないよ。人間だったら相当に傷つく。まして神さんだ。ご心中察して余りある」
 清人はそう言い、ご神体が置かれている本殿に向って頭を垂れる。
 樋速日水光姫命のご神体は「白鷺神社」主祭神・饒速日命の隣に祀られている。決しておろそかには扱えない。けれどこのまま二柱を奉ずる訳には行かない。神と神社と縁起はワンセットだから。急に神を追加することは所管の神社本庁も認めないし氏子も黙ってはいない。
 それに神様にも相性がある。大きくは天皇家に通じる日本神道の神々と日本で信仰されて来た神々。こちらは例えば八幡宮(様)。清和源氏、桓武平氏など全国の武家が武運の神(武神)「弓矢八幡」として崇敬した。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)とも呼ばれる。また学問の神様として名高い菅原道真を祀った天満宮も代表として挙げられる。
 調べによると樋速日水光姫命は日本神道の神。本社とは同系の神となるが仲が良いとは限らない。神さんの数は多い。共に事を成し遂げ縁者となる神々も居れば、仲違いし反目する神々も居る。さてさてこの二柱についてはよく分からない。
「で、ハクさんどうするの? 」
 二人は顔を見合わせた。 
「金があって新たな神社を造ったとしても信者が居ないし信仰が無い」
 つまりはそう言うことなのだ。
「ウチで見つけた場所に新しい祠を造って差し上げようか?SNSで紹介すれば信者も増えてゆくはず」
 清人が解決策を提案する。
「でも神さんはあそこが嫌だったから、私に見つけさせたんじゃない? 」
 陽菜は想っているいることを口にした。大体、毎年清掃でみんながあそこに行くのに今まで見つからなかった。
「なるほどなぁ」
 清人は瞑目した。これは神主夫妻のならではの考え方、会話だ。
 その後も新たな発想は出なかった。そのうち春となり「白鷺神社」の祭祀は増え、陽菜の高校も新年度へと向かっての慌ただしい毎日となった。自然と新たな神さんに関する会話は減った。


第四話 物理学の天才女子高生現る に続きます
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