彩花からの手紙、悲痛な胸の内が語られます

文字数 2,122文字

第九話 天才女子高生からの手紙 
 九月になって新学期が始まった。「なでしこ」の部室にも部員が戻って来た。黒板にはデカデカと「祝! アカデミー特別賞」と色とりどりのチョークで描かれていた。机にはいつもの顔が並ぶ。ただ主役の津島彩花が居ない。
「みんなおめでとう! 先生も鼻高々だわ」
 陽菜は指で鼻を伸ばす仕草をする。皆が笑った。
「あれ、彩花ちゃんは?」
「それがっスね。お祖母ちゃんが急に亡くなってオーストラリアの両親の元へ行くことになりました」
 部長が言った。メガネの色が赤から黒に替わっていた。三つ編みは相変わらず。
「ええ? だって六月にはお祖母ちゃんにお目にかかったわよ。お元気そうだった」
「私たちもびっくり。エースが抜けて一体どうしていいのやらです。これ彩花ちゃんから先生宛に預かった手紙です」
 陽菜は星空を駆け巡る「セーラームーン・エターナル」モチーフの封筒を受け取った。
 部員たちが反省会とやらで盛り上がっているなか、窓際の机で手紙を開いた。まるでワープロのような整然とした文字が連なる。
「短い間でしたがお世話になりました。アカデミー特別賞を貰ったこと。神社にお邪魔した時のことは忘れません。楽しかった。ありがとうございました。
 驚かれると思いますが私の家は呪われた一族なのです。発端は曽祖母に始まります。曽祖母は霊感が強く巫女になって新興宗教のようなものを立ち上げたのですが、日本神道の神の怒りを
かったらしいのです。曽祖母自身は雷に打たれ感電死しました。即死だったようです。その後一族が少しずつ(変死)を遂げて行きました。そして残ったのが祖母と両親だけです。両親は禍を怖れて海外移住しました。海外だったら日本の神様は手を出せないと考えたらしいです。非科学的ですよね。私は生まれつき数学や物理学が好きで、探究心が高じてその神様に興味を抱くようになりました。ただ畏れるのではなくどうしたら許して貰えるのかを考えるようになりました。
 神様の名前は樋速日水光姫命です。でも日本の何処にも祀られていません。それで分かったんです。神様が怒る理由が。人間だって居場所を奪われれば穏やかでは居られません。ましてや人に信仰されるべき神です。そんな時たまたま先生の数式を見て閃いたんです。神様の故郷はブラックホールなんじゃないかと。だから居場所を失くした樋速日水光姫命を故郷に帰してあげれば祟りは収まるんじゃないかと考えました。先生の神社に伺ったのは神様の名前が一番似ていたからです。両者とも光と関係があるから。ブラックホールに近づくヒントがあるかもしれない。
そんな思いで神社に伺いました。でも間に合いませんでした。祖母は心不全で呆気なく倒れました。
 私たち家族三人の今後は神様のご機嫌次第です。お別れも言えないで立ち去ったことをお詫びします。                            お元気で、さよなら 」
 
 なんかいいなぁ。こんな処(境内)で旦那さんと二人の生活なんて……

 彩花が境内でささやいた言葉が鮮やかに浮かび上がった。彼女は女子高生らしくオトメチックな男女の営みを夢見た。なのに当たり前のことが許されない現実が立ちはだかる。彼女にはさぞ理不尽なことだろう。だって顔も知らない親族の過ちのせいで。そう考えると泪が出て来た。
 その晩、津島彩花のことをハクさんに話した。ミヒカリヒメの祟りは違う方にも広がっていた。清人も頷いていたが彩花の家が神社の近くと聞いて口を挟んだ。
「その家の名前は?」
「うーん、表札はサキガミだったと思う」
「なるほど繋がった。当時村には斎藤家と嵜上家という茶の豪商が居たそうだ。嵜上家の当主が東京から連れて来た女性が美奈というらしい」
「え、じゃぁ、嵜上美奈さんが曽祖母の名前ということになるわね」
「ああ、赤城山の麓で琴龍宮を造営し新興宗教を興した教祖だね」
「ねぇハクさん、彩花ちゃんと両親は大丈夫かなぁ?」
「分からない。神のみぞ知るだ」
 会話はそこで終わった。話せば辛くなるだけだった。
 深夜、自宅のキッチン机に大学研究所の発光器に関する資料を拡げた。清人はすでに就寝している。

 ―ワタシ、決心した。ハクさんの妻としては至らぬままで終わってしまうかもしれない。
  でも、物理学者として真実を探求したい。また教師として教え子を救いたい。
  我が儘を許してください。

 数日後の晩、陽菜は樋速日水光姫命のご神体のアメジストを祭壇から持ち出して、〇大理工学部素粒子研究所に黄色のビートルで向かった。ここには素粒子の速度、重力による屈折率
(真空/無重力の場合も)などを計測するかなり大掛かりな計器がある。また太陽光との関係を計測するために発光器も設置されている。

 陽菜はご神体のアメジストに発光器からの光を照射してみたかった。自ら発光しないのなら他に方法がない。友人の研究員に頼んで研究室の鍵を預かった。夜九時を過ぎれば誰も居ない。
勝手を知った研究室の計器類だ。困ることはない。
 手際よく発光器の前にショルダーバッグから取り出したアメジストを置いた。形は女性の拳の大きさ。

第十話 神社のご祭神・ニギハヤヒ現る に続きます 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み