天才女子高生の実家にはある秘密が

文字数 1,845文字

第四話 天才女子高生の実家 
 陽菜は部員たちの話を理科実験室の窓辺に座り興味深く聞いていた。窓からの眺めは緑燃え出ずる季節を迎えていた。彩花の学説はほぼ陽菜と同じだった。ただひとつ高次元の住人が神であるとは考えてもみなかった。神主の妻でありながら。
 神とは非科学的な対象。科学でその結論を神の現象とするのは誤魔化すことに他ならない。真実に背を向け逃げたと見なされる。
「神の領域か」
 ボソッと独り言。その直後、陽菜の脳内に衝撃が走った。
「ひょっとして神は本当にブラックホールを行き来してるんじゃないか? 」
 拡張し続ける宇宙も、無人探査機や精度を増す望遠鏡による実測値、さらに構成物質を論ずる宇宙理論によって最新のAIが図面までをも描き出す。ただそこには神の存在を示唆する証拠は何ひとつとして発見されていない。今や人類が唯一見通せない領域はブラックホールのみとも云える。神がそこに居るならば必然として神の実体とブラックホールは一体化したものと推測される。

「なになに、私たち本物のアカデミー物理学賞もゲット出来るかもね」
 部長が調子コイタ。
「ダメです。これは仮説に過ぎません。言うだけなら誰でも言えます。物理学賞を取るなら光より速い物質を見つけ出さなくては」
 彩花の声は低く落ち着いて断定的だった。乙女たちの夢はアッサリ打ち砕かれた。
「だよねぇ。やっぱお母さんの言う通りお金持ちの彼氏を見つけてサッサと結婚した方がいいか。陽菜先生はまだ素敵な旦那さんが居るからいいけど、生涯を光より速い物質探しに捧げている理系女も居る訳だし。ああ、いやだいやだ」
 部長は急に現実路線に立ち返った。他の部員たちも頷いている。
 津島彩花は私生活のことをほとんど口にしない。親兄弟、実家のことから始まって趣味やいま流行のミュージックやアニメ、ファッションなどなど。部員たちの話題がそれらに向うとほとんど参加しない。典型的な理系女なのだ。それでもNiziUのパフォマは得意だった。陽菜もランニング好き。身体を動かすことは新たな発想への起点と成り得る。
 陽菜は津島彩花の学籍簿を見たことがある。住まい、家族構成などを確認しておきたかった。両親はオーストラリア居住となっていた。独り娘で今は祖母の家から通学している。驚いたことに住所は白鷺神社のすぐ近くだった。
 大雨の下校時に陽菜は自分の黄色いビートルに彼女を載せた。ビートルは「白鷺神社」を通り過ぎて二ブロック先の茶問屋の前で止まった。代々狭山茶を扱う豪商だ。表札には「嵜上」とある。百坪ほどの敷地に典型的な日本家屋と広い前庭を有する。裕福な家計を想像させる。彩花にお茶を誘われた。予期せぬ家庭訪問となった。
 広い客間に通された。床の間の紫陽花の掛け軸は季節ごとに相応しいものに掛け直されるのだろう。(おもてなし)の奥ゆかしさを感じさせる。ほどなく現れた白髪の女性は細かな所作につけ上品さが際立った。盆を手にした彩花も続いて現れた。
「粗茶ですが」
 祖母を名乗る聲には毅然とした響きがある。
「旦那様は白鷺神社の神主様だそうで。彩花から聞き及んでおります。仙波家と嵜上家は古来より共に土地の平安に尽力した家柄。こうして孫が貴方様から教えを受けますのも何かの縁と感じ入っております」
「そうなんですか。私は家の歴史に疎くてあいすいません」
 陽菜は天才少女・彩花の将来性について意見を述べる絶好の機会と感じた。
「あのう、彩花さんの将来についてなんですが。彼女には物理学において優れた才能があります。しかるべく理工系の大学で研究の道に進まれることをご推薦致します」
「まぁ、こんなわがままな娘にそんな才能があるなんて全く驚きです」
 祖母は愛おし気に孫娘を見つめた。
「どうぞ先生のご指導のままに今後ともよろしくお願い致します」
 その後は彩花の学校生活とか神社のことを中心にして小一時間ほど話した。彩花は堂々と自己を主張する。とても庇護のもとにあるとは孫娘とは思えない。
 陽菜はふと、この祖母と孫の関係に違和感を覚えた。

 絢爛豪華な庭の八重桜の下で二人に別れを告げた。雨はすでに上がっていた。ここから自宅までは車で五分ほど。
「先生、送って貰ってありがとう」
 ブラウスにジーンズ姿の彩花は制服の時よりも大人びて見えた。車を出そうとすると慌てて声がかかった。
「先生、今度神社に遊びに行っていいですか? 」
「もちろん。週末は大概神社に居るわよ」

第五話 神を棄てた氏子の行方を追う に続きます  
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