第16話 粗相だらけの女
文字数 1,171文字
「松山さん大丈夫?」
「ああ、吐いてしまえばもう楽になったよ。後はスポーツドリンクで電解質のバランスを整えるから」
「なら良かった。……で、朱美ちゃんがどんな粗相を?」
「何もかも粗相だらけだよ。顔も体型も髪型もファッションも性格も。顔の粗相は仕方ないとしても、髪型くらいなんとかできるはずなのに。あの娘 はわざとあんなおかしな髪型にしてたんだ」
「そうなのよ、『短く切らない方がいい』って何度も言ってるのに、あの娘 全っ然聞かなくって」
やっぱりママも困っていたようだ。
「オードリー・ヘップバーン気取りだったんだよ」
「オードリー・ヘップバーン!?」
さすがにママも絶句している。
「呆れるだろう? その身のほど知らずな醜悪さに吐き気がして今日のブランデー全部吐いちゃったんだよ」
私は被害を訴えた。
「んまぁ、そうだったの。ごめんなさいねぇ」
ママは申し訳なさそうに謝った。
「だからもうあの娘 は着けないでほしいんだよ」
もう我慢の限界だ。
「はい。今後は松山さんのテーブルには着けないってお約束します」
ママは深く頭を下げた。
「ほんとにこれだけはくれぐれも頼んだよ」と念を押す。
「はい、必ず守ります」と、ママはもう一度頭を下げた。
「一体、なんだってあんな娘 を店に置いてるんだい?」
するとそれまで神妙な顔をしていたママは、清々しい表情で採用方針を語った。
「ああいうタイプも一人は必要なのよ。お客さまの好みはいろいろだから、いろんなタイプの娘 を取り揃えてるの。おんなじようなタイプばかり何十人も雇っても仕方ないでしょ?」
「まあ、確かに……。それも一理ある。うん」
ママは自分の個人的感情は横に置き、経営者目線で「顧客のニーズに幅広く応える」という方針を採っているわけだ。彼女は銀座の一等地で大箱のクラブを繁盛させている。私よりも経営者として優秀なのだ。だからママにはもうそれ以上意見できなかった。
私は経営者目線ではなく、個人的な感情でつまらない意見をしてしまった自分が恥ずかしくなった。私は経営にはあまり向いていないのだろう。経営者などという器では、なかったのかもしれない……。
みじめな気持ちでカウンター席から振り返ると、私のテーブルから要が笑顔で手を振ってくれた。要は私がママとの話を終えるのを待っていてくれたのだ。私は救われたような気がした。
すでに満卓となった店内は大盛況だったが、要にだけスポットライトが当たっているかのように光り輝いて見える。もはや聖母というより女神のようだ。
「じゃ、テーブルに戻るよ……」
私が憑かれたように立ち上がると向こうにいる要もスッと立ち上がった。
「はい、どうぞごゆっくりね」というママの声を背中で聞いたような気がする。
「ああ、吐いてしまえばもう楽になったよ。後はスポーツドリンクで電解質のバランスを整えるから」
「なら良かった。……で、朱美ちゃんがどんな粗相を?」
「何もかも粗相だらけだよ。顔も体型も髪型もファッションも性格も。顔の粗相は仕方ないとしても、髪型くらいなんとかできるはずなのに。あの
「そうなのよ、『短く切らない方がいい』って何度も言ってるのに、あの
やっぱりママも困っていたようだ。
「オードリー・ヘップバーン気取りだったんだよ」
「オードリー・ヘップバーン!?」
さすがにママも絶句している。
「呆れるだろう? その身のほど知らずな醜悪さに吐き気がして今日のブランデー全部吐いちゃったんだよ」
私は被害を訴えた。
「んまぁ、そうだったの。ごめんなさいねぇ」
ママは申し訳なさそうに謝った。
「だからもうあの
もう我慢の限界だ。
「はい。今後は松山さんのテーブルには着けないってお約束します」
ママは深く頭を下げた。
「ほんとにこれだけはくれぐれも頼んだよ」と念を押す。
「はい、必ず守ります」と、ママはもう一度頭を下げた。
「一体、なんだってあんな
するとそれまで神妙な顔をしていたママは、清々しい表情で採用方針を語った。
「ああいうタイプも一人は必要なのよ。お客さまの好みはいろいろだから、いろんなタイプの
「まあ、確かに……。それも一理ある。うん」
ママは自分の個人的感情は横に置き、経営者目線で「顧客のニーズに幅広く応える」という方針を採っているわけだ。彼女は銀座の一等地で大箱のクラブを繁盛させている。私よりも経営者として優秀なのだ。だからママにはもうそれ以上意見できなかった。
私は経営者目線ではなく、個人的な感情でつまらない意見をしてしまった自分が恥ずかしくなった。私は経営にはあまり向いていないのだろう。経営者などという器では、なかったのかもしれない……。
みじめな気持ちでカウンター席から振り返ると、私のテーブルから要が笑顔で手を振ってくれた。要は私がママとの話を終えるのを待っていてくれたのだ。私は救われたような気がした。
すでに満卓となった店内は大盛況だったが、要にだけスポットライトが当たっているかのように光り輝いて見える。もはや聖母というより女神のようだ。
「じゃ、テーブルに戻るよ……」
私が憑かれたように立ち上がると向こうにいる要もスッと立ち上がった。
「はい、どうぞごゆっくりね」というママの声を背中で聞いたような気がする。