第18話 きっぱりと言う女

文字数 965文字

 先週、要に誕生日プレゼントのマフラーをもらった夜のことだ。
「貫禄があっていいわ。大人の男の余裕が感じられるもの」
 ママはそう言ってくれた。
「そうかなぁ……」
「ええ、そうよ。男の人はおなかが出てるほうがいいの。着物だって似合うし」と、ママはきっぱりと言い切った。男は腹が出てるほうが着物姿が様になる。確かにそのとおりなのだが、私はまだ自分の腹が出ることを受け入れたくないのだ。
「僕は着物、着ないんだけどなぁ」
「これから着るのよ、呉服問屋の経営者なんだから」
「呉服店の販売員ならともかく、僕は問屋だよ。着物を着て荷物の搬出搬入なんてできないし」
 私は展示会の際には商品の搬入も搬出もするし、商品を持って販売店に営業にも行くのだ。着物なんて着ていたら作業効率が悪い。
「じゃあ仕事が終わったら着物で遊びに着てちょうだい。粋だわよ、着物で銀座に遊びにくるなんて。ほら、私のお客様にもいらっしゃるでしょ? あの会長さん」
 いつも着物に羽織姿で呑みに来ている大手広告代理店の高齢の会長のことだ。
「でも僕はまだ、あんな年ではないし……」と、これは言い訳だ。本当は銀座に来るときだけのために着物と羽織を誂える余裕がないのだ。
「年なんて関係ないの。男の人はおなかが出てきたら着物デビューするお年ごろなのよ」
 案の定、痛いところをママに突かれて困った。
「あ、お客さまだわ。ちょっと失礼」
 タイミング良く救い主が現れてくれた! 

 ママが行ってしまうと要が言った。
「テツさんはまだご自分のおなかが出ることが受け入れられないのでしょう?」
「うん……」
 やっぱり要は私の気持ちをわかってくれている。着物を誂える余裕もないが、私は自分の腹が出てきたことがいやなのだ。
「あらぁ、スーさん! いらっしゃぁい!」
 ママは新聞社の社主を熱烈に歓迎している。彼は見事な総白髪を小泉純一郎風に、しかも本人よりもきっちりとセットしている。私より上の世代なのに私よりも背が高くガッシリとした体躯を持つ。若い頃はさぞかしモテたことだろう。いや、今だってモテるはずだ。四大紙の社主という社会的地位、それに伴う高い収入、高い知性、老いても尚ダンディなこの男がモテぬはずがない。この男は私の持たざるものを持っている。私は自分がみじめになる。
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