第9話 明るく励ます女

文字数 1,004文字

「え、どうなさったの? テツさん、泣き上戸?」
「ごめん」とも「ありがとう」とも言えず、ただ涙が止まらなかった。
「ちょっと酔い覚ましにお茶をお持ちしましょうね」
 無言で頷くことしかできなかった。もし、何かを言おうとしたら言葉にならず号泣してしまいそうだったからだ。感動と感激、それに加えてひどい自己嫌悪。両立することが困難な三つの情動が一挙に押し寄せたため、私は激しい葛藤状態に陥り、どうにもならなかった。

「お願いします、ボックスティッシュとオードブル皿一枚と水出し緑茶一つとおしぼり一本。ティッシュは大至急で」 
 要は黒服にオーダーし、「テアニンたっぷりの水出し緑茶があるんです。テアニンにはホッとできるリラックス効果があるんですよ。お茶飲んで落ち着きましょうね」と明るく励ますように言ってくれた。

 すぐに黒服がボックスティッシュを持ってきてくれると要が小さな手鏡を貸してくれた。鼻をかんだ後、鼻を手鏡でチェックできるようにという細やかな心配りに新たな涙が出てきてしまった。
「使ったティッシュはこちらにね」と要はテーブルに広げたティッシュを示してくれた。程なくして黒服が水出し緑茶とオードブル皿とおしぼりを持ってくると、要は鼻をかみ終えた私におしぼりを渡してくれたので手を拭いた。
 私がそうしている間に要はテーブルに広げたティッシュごと使用済みのティッシュを持ち上げて運ばれてきたオードブル皿に移し、テーブルの上をテキパキと整えている。まろやかな水出し緑茶を飲むと少し落ち着くことができた。
「テツさんが『要に会いたいな』と思った時にいつでも会いにいらしてくだされば嬉しいの。だから毎日、お店でお待ちしております」
 要はにっこり微笑んだ。

 気持ちとしては毎日でも通いたいのだが、どうがんばっても月に二回しか通えないのだ。食事デートはレシートに「二名」と印字されるから一回でも経費で落とせる。だからと言って店にも行かずに食事デートにだけ付き合わせることはできない。そんな非常識で厚かましい要求は恥ずかしくてできない。
 ホステスの休みの日に食事デートに付き合ってもらうのなら、お礼として高級ブランド品をプレゼントするのが常識だ。かえって高くつくので申し込んだことはない。要の無欲さにつけ込んで何もプレゼントもせずに休日デートだけ要求するような厚かましい恥知らずな真似はしたくないのだ。
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