第19話 良案を出す女

文字数 1,305文字

 要が私に優しく話しかける。
「ご自身の体脂肪率はご存知?」
「いやぁ、ゴルフ場で風呂上がりに測ってみたことはあるけど忘れちゃったなぁ」
「でしたらまず体組成計をお求めになって」と、私の目をまっすぐに見つめ、明るく提案した。
「腕を伸ばして両手で握るやつかな?」
「あれではないの。あれではなくて、体重計のように乗るだけでいい体組成計」
 要は優しく私の思い違いを正してくれた。
「うん、そして?」
「今どきの体組成計はますます便利になっていて、体重、筋肉量、体脂肪率、肥満指数のBMI、基礎代謝量、肉体年齢、内臓脂肪が多めとか少なめとか表示されますの」
 と、真剣に語りかける。
「それは便利だね」
 私は興味そそられた。
「でしょう? まずご自身が今、どういう状態なのかを客観的に知ることから始めましょう」
「うん」
「そしてね、ご自分の数値をメモしてから、今度はEMSマシン」と、順を追って説明してくれた。
「そのEMSマシンというのはダイエット器具かな? 筋トレマシンみたいな」
「ええ、小さな筋トレマシンですわ。痩せたい部分、テツさんの場合はおなかにパッドを貼ってスイッチを入れるだけで器械が勝手に筋肉を鍛えてくれる筋トレマシンなんです。すごいでしょう?」
 要は笑顔で尋ねる。
「え、勝手に? じゃあ僕は何もしなくていいの?」
「ええ。仰向けに寝て、音楽でも聞きながらご本でもお読みになって。定期購読なさってる経済雑誌とか、文庫本とか重たくない本がおすすめよ」
 ずいぶん手軽なマシンのようだ。ますます興味がそそられる。
「時間はどれくらい?」
「私が使っているマシンなら三十分、四十五分、一時間と選べますの。各メーカーによって多少異なると思いますわ」
「それなら無理無く続けられそうだね。本や雑誌を読むついでに筋トレできるなんて助かるなぁ」
「おなかの筋肉が六つに割れたら私にも見せてね。シックスパックって言うんですって」
「ああ、確かに鍛え上げられたおなかの筋肉は六つくらいに割れているね!」
 学生時代に「ライダー」と呼ばれていたラグビーのチームメイトがいたのを思い出した。正義の味方「仮面ライダー」のように腹筋が割れていたからだ。
「割れたら数えてご覧になって。ちゃんと六つあるかどうか。ウフフッ」
 要の実際的で具体的な提案と笑顔に、私の心は明るくなった。気になっていた腹の問題も解決できそうに思えてきた。

 帰宅した翌日、私はネット通販で体組成計とEMSマシンを注文し、その翌日帰宅するともう届いていた。要の助言通り数値をメモしてから筋トレを開始。初めだけ少し呼吸が苦しくなるが、呼吸のタイミングさえ掴んでしまえば、後は読書をしながらでも無意識にちょうど良いタイミングで呼吸できるので楽なものだった。
 それからというもの、私は毎晩寝る前には経済誌や業界誌に目を通しながら腹筋を鍛えている。じんわりと額が汗ばむ程度で息が切れるということもなく、タイマーが切れれば心地好い疲労感に包まれて熟睡できる。
 何だかこれからは色んなことが上手く行きそうだ――。私は先週からそんな気がしていた。
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