第13話 不可解な女

文字数 889文字

 朱美(あけみ)というヘルプホステスが私の左前方のテーブルで接客している。ソファ席の対面(トイメン)のヘルプ用の丸イスに座っているのでこちらからは朱美の左の横顔が見えている。
 朱美を初めて見た時、『これは大変だ』とギョッとしたことを思い出した。あの時カウンター席で呑んでいた私からは、出勤してきた彼女の左の横顔しか見えなかったのだが、出勤途中に(ぞく)に襲われ殴られたのかと驚いたのだ。
 彼女の左目は試合終了後のボクサーのようになっていた。目の周りが青くなっていて、目蓋(まぶた)がはれあがり、目が半分ふさがっていて、痛々しいほどだった。
『ずいぶん派手にやられたものだ』と気の毒に思ったのだが、彼女が振り向いてその顔の全貌が明らかになった時、私は恥ずかしくなって赤面した。自分の勘違いに気付かされたからだった。
 朱美の右側の顔も、左側と同じことになっていた。そう。彼女は殴られたのではなく、そもそもそういうご面相だったのだ。三ラウンドめにKO敗けしたオランウータンのような顔だった。似合いもしないブルーのアイシャドウを目の周りにぐるりと塗りつけて……。「どうしたんだい、その顔は!」と大声を出さなくて良かった、と心からそう思った。もしあの時、勘違いしたままそう言っていたなら、大恥をかいて二度と店に顔出しできなくなるところだった。

 彼女は自称・由美かおるだが、似ているのは黒々とした鼻の穴だけだった。そして自称『風の谷のナウシカ』でもあるのだが、共通点はおかっぱ頭だけだった。第一、前髪が短すぎる。眉毛が全部見えている、という程度のものではない。(ひたい)の中ほどあたりの長さでガタガタに切られてしまっているのだ。
 最初は『下手な美容師に当たってしまったのか』と気の毒に思ったが、『二カ月もたてば伸びてまともになるだろう』と思って黙っていた。が、朱美の前髪は一カ月後にはまた額の中ほどの無様な長さ、いや短さに戻ってしまっていたのだ。
 なぜだ……! わけがわからず、私は内心激しく動揺したものだ。そしてその不可解な事態は、これまで毎月続いているのだ。
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