第16話

文字数 639文字

 煙が喉を擦るように通っていく。
一拍開けて、彼女のいない空間に吐き出した。


「いや、いない。」


「そうですか。では、なるべく早く煙草を消してくださいね。
 寒くて、そう待ってはいられませんよ。」


「しばらく我慢していたんだ。そんなに急かしてくれるな。」


「私も我慢をしていたのですよ。」


「なんだ、じゃあ君も吸うかい。」


「愚鈍を演じても面白くないですよ。石原さんとの会話、聞いていらしたのでしょ。」


私は口惜しいふうに煙草をすり潰した。
私が歩き出すと彼女も隣に寄って歩いた。
いつもは別れる駅前の信号を通り過ぎる。


「帰らないのですか。」


「帰って欲しいのかい。」


「答えるのはあなたですよ。」


話している間も歩みを止めず、それを答えとして彼女に送った。
いつもは通らない道だった。
ガラス張りの美容院の前を通る。防犯灯が灯り、薄明るくぼやけたいくつもの鏡の前には
紺藍色の椅子が並んでいる。
コンビニの明かりは、私に一層夜を感じさせた。


「いい加減、言葉にしてくださってもいいのですよ。」


「必要のない言葉は、汚らわしいだけだよ。」


「そうやって上手く言いくるめられるのは気分が良くないものです。
 まあ、今回は充分に足りた気持ちですから、許しますけど。」


「そうはっきり言われるのも悪くないものだね。」


「ほら、汚らわしいものばかりでないでしょう。」


アパートに着くと、入り口のポストを確認してエレベーターに乗った。
4階でドアが開き、彼女に連れられるように降りて行く。
玄関を開けると、甘く香る小さな部屋に明かりを灯した。



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