第12話

文字数 1,055文字

 二つ目のトンネルを抜け、砂利の小道に入る。
細かい振動は、心臓まで震わした。
冷たい空気で肺を押し広げ、音が出ないように
ゆっくり、ゆっくり吐いた。

 敷地に入り、車を停めた。エンジンが止まる。
春前の冷たい無音が、一瞬、木霊するようだった。

 あの軽い扉は何も変わっていない。
取っ手を丁寧につかみ、ゆっくり引き開けた。
初めて扉の抵抗を感じた。
母と二人で来ることは初めてだった。
祖父と祖母が出迎えに来た。
歓迎の言葉などそっちのけで、ただ謝罪を並べる。
母も困った笑顔を浮かべて頭を下げ返していた。
二人に連れられるようにリビングに上がった。


彼女は座椅子に座っていた。
こたつで足を温めて、眠った時の服のままの姿らしかった。
私が隣に座ると叔母が話し始める。




「今日行くのね、またいつでもいらっしゃい。陽菜も、今年から
中学に上がるから、時々来て勉強を見てあげてくれない?
受験も順調に終わってよかったわ。お姉さんにも
お正月とかいつでもいいから顔を見せにいらっしゃいと伝えておいてね。」




 彼女は黙って聞いていた。聞かずに居ようと目線はテレビに向かっている。
叔母と母が本格的に話始めると、彼女は立ち上がって上着を羽織る。



「祥貴。行こう。」



それだけ言ってリビングを出ていった。
私も、まだ自分の体温が残っている上着を持って後を追った。
玄関を出て、彼女の斜め後ろについて歩く。
ドラム缶で炊いている火の前で立ち留まった。
互いに何も変わらないと信じていたが、確信する術を知らない。
躊躇する時間が、不安を生んでいることを感じていた。




「陽菜、また来るよ。」



「この頃は来てくれなかった。」



「母さんに気を使ってしまってね。」



「由美ちゃんは、私のこと嫌いなの?」



「そうじゃないよ。ただ忙しいだけ」



「ふうん。もうすぐ行くの?」



「行かなきゃ、だね。」



「早い。でも、わかった。」



彼女は立ち上がる火から目を離さなかった。
少し後ろから彼女の横顔を眺めた。
表情は何も作られていないが、まばたきは止まっていた。



「陽菜、ごめんね。」



私の言葉を聞くと彼女は強く目をこすり始めた。
何度も雑に鼻をすする。
袖が濡れて、涙が顔に広がる。
私は彼女の耳の後ろに手を置いて、しばらく火を眺めた。
温められた空気と冷たい空気が二人を取り囲んでいた。






母と玄関を出た。皆外まで見送りに来ていた。
彼女の目は赤みを帯び、寒さを思い出したように
両肩を抱いている。
優しい笑顔なのか、悲しい笑顔なのかわからなかったが、
私にはっきりとした区切りを与えるものだった。



「またね。」



彼女の言葉は涙と同じ温かさだった。
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