第7話

文字数 663文字

 扉が閉まり、彼女の父がリビングに入ってきた。
皆口々に労いの言葉や迎えの言葉を浴びせている。
私は何も言えなかった。
何も言う権利を持っていない気がした。


「おう、祥貴。来てたのか。」


私は笑顔を作り小さく返事をした。
彼はとても優しい人だった。
それは理解していた。
だからこそ恐れ多かった。
当時はそれを、羞恥の感覚に近いものとして
考えていた。
親からは、人見知りだと言われ、
叔母からもそう理解されていた。
誰でも彼でもではない、恐れ多い相手。
言葉で誤解を作りたくない相手だけ。
対等な人間や蔑める相手には
口数も汚い言葉も増える。
人間だれしもそうだと自分に言い聞かせ
それを隠せる「人見知り。」を多用した。

食事は何事もなく終わった。
テレビを見るふりをしたり
自分の無口が浮き彫りになった時には
陽菜に話しかけてその場を凌いだ。

 食器を流しまで運んだ。
皆からそのままでもいいと言われたが
少しでも体裁を取り戻したくて運んだ。
善意ではなかった。
叔母や祖母が感謝の言葉や軽い賞賛をくれたが
私にはそれが苦痛だった。

食後はまた陽菜と時間を過ごす。
図鑑や絵本を開きながら、彼女の投げかける言葉を
ひたすら拾っていた。

食事を終えて、2時間ほどすると
再びリビングの窓をライトが照らした。
明かりが見えると彼女は口を閉ざした。
電池が切れたように声を失くし、
玄関に足を向け、うつ伏せになって本を眺めている。

 父が玄関を開け、今度は彼女の名前を呼びながら
入ってくる。
彼女の涙は目を温めていた。
零すまいと心に決めて。


「ゆっくりでいいって言ったのに。」


吐く息に隠れて、呟いていた。
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