第15話

文字数 885文字

「食べ終わったら、茶碗だけ洗っておいておくれ。」


大将が、二人分の食事をお盆に乗せて持ってきた。
奥さんは、カウンターに並べられた椅子を壁際に寄せて
掃除を始めていた。


「二人とも奥の座敷で食べていらっしゃい。」


彼女にお盆を手渡して、エナメル質の前掛けを外す。
割烹白衣を着たまま厨房を出た。
座敷に入ると対面に食事が置いてあった。
互いに労い、席に着き、食事に手を付けた。


「今日は、お客さん少なかったですね。」


「ああ、そうだね。いやに長く感じたよ。」


「人が少ないと石原さんの話し相手をしなくちゃですからね。
 むしろ疲れますよ。相変わらず、気の利いたことを言いませんし。」


「大変そうだったね。」


「聞いていらしたんですか。だったら助けてくださってもいいじゃありませんか。」


私は憐れみを含ませて笑ったが、同時に私の発した不用意な言葉に肝を冷やした。


「いや、聞こえてはいないよ。あいつの話は、常に煩わしいからね。
 勝手にそう思っていただけさ。」


「だったら尚更ですよ。毎度毎度、記憶を失くしたように男、男と聞いてくるんですもの。」


私は少し身構えたまま、愚痴の聞き役に徹した。
彼女は心からではなさそうであったが、少しの不満を顔をに蓄え
言葉に乗せてそれを発散していた。
私が食事を終えるころ、彼女はまだ半分ほどしか食べ終えていなかった。


「お腹空いていらししたのですね。早すぎるのもよろしくありませんよ。」


「空いてはいたが、君が遅いだけさ。」


「そんなことおっしゃってはだめですよ。少し待っていてくださいね。」




    ***





食器を運び、厨房に降りる。
二人分の食器を洗って、大将と息子さんに挨拶をして白衣を脱ぎ、
上着を羽織って外に出た。
彼女もすぐに出てきた。


「おつかれさまです。」


「俺は、煙草を吸ってから行くから。」


彼女は一瞬、踵を返そうとしたが、思いとどまって私を見た。


「じゃあ、待っていますわ。途中まで一緒に参りましょう。」


 私は、煙草に火をつけて一口目の煙は吸わず、全て空に吐き出した。
寒さに体を強張らせ、上着を肌に引き寄せる。





「祥貴さんは、彼女さんはいらっしゃるの。」





私は、ゆっくりと煙を呑んだ。





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