第23話
文字数 1,302文字
文面から広がるこの先の光景が、思考ごと私の身体を地べたに沈みこませた。
必死に思考を止めようと眠ることに専念した。
眠っている間だけレールの上の座標から外れている気がした。
昼過ぎまで寝ては起きてを幾度も繰り返した。
起きてからの憂鬱がゆっくりと黒く濃く移ろいでいく。
気付くと日は落ち、思考の重さを背負ったまま外に出た。
夜の暗さは幾分か私よりも明るく、空気の冷たさも私の沈黒を、水を加えたように薄めてくれた。
***
彩音の家に着いた頃には、外の影は完全に散っていた。
エレベーターが一階に止まっていることが憎らしく感じた。
ドアを開けると、既に懐かしく感じる甘く温かい匂いが体に当たる。
「彩音。久しぶり。」
普段は何も言わずに中に入るが、せめてもの罪滅ぼしをしなければ足が動く気配を見せなかった。
いつもと違う言動には、宙に浮かんでからでしか気づけない。
そのことを恨めしく思った。
「なんだかそんな感じがしますね。鼻が赤いですよ。早く中に入ってください。」
彼女に催促されるように部屋に入る。
彼女のキャリーバッグはまだ里帰りの気配を帯びていた。
それはとても透明で、純真で、一段と私を責め立てているようだった。
「夕食は適当に食べて今日はもう寝てしまいましょうか。私も少し疲れました。
すぐできる物を買ってきましたから、すこし煙草でも喫んで待っていてくださいな。
荷解きだけ済まして仕舞いますから。」
そう言うと、キャリーバッグから洗濯物や白い袋に入った土産物、化粧ポーチなどを引っ張り出し始めた。
私は部屋着に着替える前にベランダに出て、煙草を吸った。
煙草の白い煙は、夜の方が明確に見えた。
彼女が地元で買った饂飩を湯がいている。
「ちゃんとお土産を買ってきましたから、明日の朝はお雑煮にしましょう。」
「あんころ餅かい。」
私がそう言うと意地悪さをふんだんに含んだ笑顔を見せた。
その笑顔は私にまだ引き返せる余地を与えてくれているようだった。
まだ、私は何も犯してはない。陽菜に会ってすらいない。
そもそも、彼女が私を突き放すかもしれない。
ただの、従兄弟としか想っていないかもしれない。
2月になれば、一度様子を見に行って、少し懐かしんで帰る。
たったそれだけのことに押しつぶされようなんて、考えるだけ無駄だと思えた。
「ちゃんと食べて貰いますからね。そんなに心配しなくてもちゃんと美味しいですから。」
「雑煮が甘いってのもな。」
「甘じょっぱい、ですよ。お出汁と醤油で炊きますから。」
「より不安な気がするが、まぁ楽しみにもしているよ。」
***
始業はもう少し先だが、次の朝は早く訪れた。
隣で寝ている彼女に冷たい空気を当てないよう、慎重に布団から出た。
体温に微睡む彩音を少し眺めた。愛おしく思えることを確かめるように。
上着を羽織ってベランダに出る。
布団に温められた身体には冷たさが痛く刺さった。
煙草を喫んで携帯を覗いた。液晶の画面には時刻と陽菜の文字が浮かんだ。
(久しぶり。部屋が決まったよ。2月に来るんでしょ?
今度はちゃんと来てね。)
少しの意地悪と愛情、好奇心を感じる文面。
明け方の私の目には、液晶の光がやけに眩しく感じた。
必死に思考を止めようと眠ることに専念した。
眠っている間だけレールの上の座標から外れている気がした。
昼過ぎまで寝ては起きてを幾度も繰り返した。
起きてからの憂鬱がゆっくりと黒く濃く移ろいでいく。
気付くと日は落ち、思考の重さを背負ったまま外に出た。
夜の暗さは幾分か私よりも明るく、空気の冷たさも私の沈黒を、水を加えたように薄めてくれた。
***
彩音の家に着いた頃には、外の影は完全に散っていた。
エレベーターが一階に止まっていることが憎らしく感じた。
ドアを開けると、既に懐かしく感じる甘く温かい匂いが体に当たる。
「彩音。久しぶり。」
普段は何も言わずに中に入るが、せめてもの罪滅ぼしをしなければ足が動く気配を見せなかった。
いつもと違う言動には、宙に浮かんでからでしか気づけない。
そのことを恨めしく思った。
「なんだかそんな感じがしますね。鼻が赤いですよ。早く中に入ってください。」
彼女に催促されるように部屋に入る。
彼女のキャリーバッグはまだ里帰りの気配を帯びていた。
それはとても透明で、純真で、一段と私を責め立てているようだった。
「夕食は適当に食べて今日はもう寝てしまいましょうか。私も少し疲れました。
すぐできる物を買ってきましたから、すこし煙草でも喫んで待っていてくださいな。
荷解きだけ済まして仕舞いますから。」
そう言うと、キャリーバッグから洗濯物や白い袋に入った土産物、化粧ポーチなどを引っ張り出し始めた。
私は部屋着に着替える前にベランダに出て、煙草を吸った。
煙草の白い煙は、夜の方が明確に見えた。
彼女が地元で買った饂飩を湯がいている。
「ちゃんとお土産を買ってきましたから、明日の朝はお雑煮にしましょう。」
「あんころ餅かい。」
私がそう言うと意地悪さをふんだんに含んだ笑顔を見せた。
その笑顔は私にまだ引き返せる余地を与えてくれているようだった。
まだ、私は何も犯してはない。陽菜に会ってすらいない。
そもそも、彼女が私を突き放すかもしれない。
ただの、従兄弟としか想っていないかもしれない。
2月になれば、一度様子を見に行って、少し懐かしんで帰る。
たったそれだけのことに押しつぶされようなんて、考えるだけ無駄だと思えた。
「ちゃんと食べて貰いますからね。そんなに心配しなくてもちゃんと美味しいですから。」
「雑煮が甘いってのもな。」
「甘じょっぱい、ですよ。お出汁と醤油で炊きますから。」
「より不安な気がするが、まぁ楽しみにもしているよ。」
***
始業はもう少し先だが、次の朝は早く訪れた。
隣で寝ている彼女に冷たい空気を当てないよう、慎重に布団から出た。
体温に微睡む彩音を少し眺めた。愛おしく思えることを確かめるように。
上着を羽織ってベランダに出る。
布団に温められた身体には冷たさが痛く刺さった。
煙草を喫んで携帯を覗いた。液晶の画面には時刻と陽菜の文字が浮かんだ。
(久しぶり。部屋が決まったよ。2月に来るんでしょ?
今度はちゃんと来てね。)
少しの意地悪と愛情、好奇心を感じる文面。
明け方の私の目には、液晶の光がやけに眩しく感じた。