第22話

文字数 1,628文字

 将大の家に戻ると、漠然とした言葉で様子を伺ってきた。
全てが悪い方向に向かっている。
そのすべてを打ち明けようと目論むことは、どんな自慢話よりも心を躍らせた。
目論みは目論見のままの方が美しい。
この秘密を抱える続けることは、その時の私にとっては何よりも快楽を与えるものであった。

 残りの数日間は、美しい緑も穏やかな時間も感ぜられた。
将大と釣りに出掛けた時には、堤防に当たる波の音も、引き波の白い水の粒も、一つ一つ時間をかけて拾った。
単純な言葉で故郷を褒めることに羞恥を感じることもなかった。
私の感情の根底に、どっしりとした温かさを常に感じることができた。
記憶する限り、あれほど故郷を慈しむことができたのは初めてだった。

 受け手の心の良し悪しが、感受そのものの色を決定することに、当人は気付けない。
心次第で、悪を必要悪と、善と偽善としてしまう。
文字にすると当然で、些か滑稽であるが、現象として眼前に広がるとなぜか不安定になる。
人間の決定など多可がその程度であると投げ捨てるしかない。
それより他にしようがないじゃないか。なかなかどうして、と言うより他にないじゃないか。
これ以上、言い訳を並べては留まりそうもない。




   ***




 将大に明日の朝に出ると伝えられた。
母とこの地を離れるときは、何の感情も判別しようとはしなかった。
今、彼女は向こうに居るが、この美しい感情は距離によるものであることは理解していた。
彼女に再び会える事実だけを手にしている距離。引き返せる距離。
これ以上、近付いても身を亡ぼすだけ。手放すだけならできたかもしれない。
突き放さなければ、このレールからは降りられないのだ。
そうするにはもう手遅れであった。叔母に提案されたときに、そもそも叔母にすら会うことを止めなければならなかった。
ただ親族に会うだけというのが悪になると、身を亡ぼすと誰がわかるものか。
そう言い訳するしか、私には残されていなかった。




   ***




 来るときにも寄った場所で再び昼食を取った。


「飯食ったらすぐ出るか。あと1時間ばかしで着くぞ。」


「ああ、そうだな。」


「去年できた彼女さんはもう帰って来ているのか。」


「いや、まだ連絡が来ていないからもう数日は帰ってこないだろう。」


「そうか。始業までもう少しあるし、一度三人で飯でも行こうや。」


「んーまぁ、気が向いたらな。」


「なんだ、会わせたくないのか。取ったりしないぞ。」


「お前に取られるなんて思ってないさ。まぁなんだ、今は考える気力がないだけさ。
 すぐとは言わず、そのうち会わせるから。」


「なんだそれ。まぁ良いか。結婚まで考えているのか。今は、ほとんど一緒に住んでいるのだろ。」


「俺が転がり込んでいるみたいなものさ。今は卒業することが先決だから、その先のことまでは考えてないよ。」


「そう隠さなくてもいいじゃないか。卒業のことを考えている奴なんているものか。」


「そんなに突っ込んでくるでない。」


「わかったぞ。他に女ができたんだな。それで、どっちつかずってとこか。」


「そういうことじゃない。」


「よいよい、隠すな、隠すな。別にばらしたりはしない。だが、どっちを選んだのかくらいは教えてくれよ。あ、ただ両方とかはやめてくれよ。それで身を滅ぼした奴を何人も知っているからな。お前を失ったら、俺は親友が居なくなる。その辺はきっちり頼むぞ。」


「だから、違うと言っているだろう。」


「まぁ何でもいいが、遊ぶのも大概にな。」



   ***



 昼の1時過ぎには家に着いた。
奴は最後までどこで出会ったのかなど、もう一人はどんな人だなど、誰に似ているなど
擦り傷を爪で引っ搔き回し、傷口を広げていった。
車を降りると一応礼はしたが、さっさと家に帰った。
嫌に疲れて部屋で夜まで眠った。
寝起きに片目を開けて携帯電話で時間を確認する。
彩音から明日帰ると連絡が入っていた。


(お土産を沢山買ってありますので、夜にでも来てくださいな。)


明るい文面は、私にとってはひどく苦しいものだった。


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