第21話
文字数 1,363文字
祖父がお茶やら蜜柑やらお菓子やらをひっきりなしに差し出してくる。
まるで私がこの地を離れた頃のまま帰ってきたように見えているのだろうか。
全てを受け入れると決めた私は、少しづつ口に運んだ。
蜜柑を一つ食べ終える頃、一台の軽自動車が見え、叔母が降りてくる。
いくつかの鍵の束を手に持ち、落ち着いた様子で玄関まで歩いてきた。
リビングに入ると、カバンを地べたに置き、鍵はテーブルの上に置いた。
「祥貴、急にどうしたの。来るなら連絡してくれてもいいのに。」
「友人の家に招待されてね。久しぶりに帰ることにしたんだ。」
「そうなのね。それでも、今度からは連絡して頂戴ね。
今は、陽菜もいないし。食事も何も用意出来ないじゃない。」
「そう気を使われても申し訳ないからね。」
「もてなすのはあなたの為だけじゃなく、こちら側の為でもあるのよ。
もう少し何も考えずに享受してもいいのよ。祥貴は昔からそうだったけど。」
私は妙に納得して、今日一日は享受に素直になろうと更に決心を固めた。
「ちょうど陽菜のことであなたに相談があったのよ。都合がいいから食事をしながら
話しましょう。お店は予約してあるから、私の車で行きましょう。」
道中の風景よりも私の思考は前に広がった。
ほとんどは好奇心で光り、そのさらに遠くに小さく見える絶望を見えないように、感じないように、如何にか光の影に隠れようとした。
食事の味はしなかった。叔母の口火が切れるのを、ただ待ち望んだ。
「それにしても、何年ぶりかしらね。中学卒業以来だもの。
ここ最近に高速道路が通ったけど、それまではなかなか来られるものじゃないわよね。」
「そうだね。これからは、時々来させてもらうよ。」
「ええ、いつでもいらっしゃい。でも連絡はよこしてね。
それとね、祥貴。
陽菜がね、この4月から名古屋で働くことになったのよ。」
「ああ、じいちゃんから聞いたよ。」
「そうなのよ。反対している訳じゃないのだけれど。いくらか心配でね。
それで、時々でもいいから様子を見てあげて欲しいのよ。」
「そういうことか。まぁ、そうだな。引っ越しはいつなんだい。」
「部屋が決まり次第、なるべく早く引越ししたいって聞かなくてね。
来月あたりには、引っ越すことになると思うわ。
祥貴が見てくれたら安心なのだけれど、どうかしら。」
「1月下旬から大学のテストがあるからね。それが終わったら授業もほとんどなくなる。
それからだったら問題ないが、陽菜が嫌がらないかい。」
「そんなこと在り得ないわよ。全然顔を見せないから少し怒ってるかもしれないけれど。」
叔母は何気なく私の心を抉って笑った。
「じゃあ、頼みますね。陽菜にも伝えておきますから、テストはいつ終わるのかしら。」
「31日だね。」
「だったら2月の1日に行ってちょうだい。
はっきり決めておかないと、あなたまた来なくなるでしょ。
あと連絡先も教えておいてちょうだい。陽菜にも伝えておくわ。」
***
ただ、突っ立っているだけで一番輝いている道に乗っていた。降りなければいけなかった。
立ち行かなくなることは目に見えている。見ないふりではなく、本当に見えていないのだと
何度も言い聞かせることが唯一の救いだった。
世間体、正義、社会、未来、全てを天秤にかけたが、心を乗せた受け皿に太刀打ちできるはずはなかった。
まるで私がこの地を離れた頃のまま帰ってきたように見えているのだろうか。
全てを受け入れると決めた私は、少しづつ口に運んだ。
蜜柑を一つ食べ終える頃、一台の軽自動車が見え、叔母が降りてくる。
いくつかの鍵の束を手に持ち、落ち着いた様子で玄関まで歩いてきた。
リビングに入ると、カバンを地べたに置き、鍵はテーブルの上に置いた。
「祥貴、急にどうしたの。来るなら連絡してくれてもいいのに。」
「友人の家に招待されてね。久しぶりに帰ることにしたんだ。」
「そうなのね。それでも、今度からは連絡して頂戴ね。
今は、陽菜もいないし。食事も何も用意出来ないじゃない。」
「そう気を使われても申し訳ないからね。」
「もてなすのはあなたの為だけじゃなく、こちら側の為でもあるのよ。
もう少し何も考えずに享受してもいいのよ。祥貴は昔からそうだったけど。」
私は妙に納得して、今日一日は享受に素直になろうと更に決心を固めた。
「ちょうど陽菜のことであなたに相談があったのよ。都合がいいから食事をしながら
話しましょう。お店は予約してあるから、私の車で行きましょう。」
道中の風景よりも私の思考は前に広がった。
ほとんどは好奇心で光り、そのさらに遠くに小さく見える絶望を見えないように、感じないように、如何にか光の影に隠れようとした。
食事の味はしなかった。叔母の口火が切れるのを、ただ待ち望んだ。
「それにしても、何年ぶりかしらね。中学卒業以来だもの。
ここ最近に高速道路が通ったけど、それまではなかなか来られるものじゃないわよね。」
「そうだね。これからは、時々来させてもらうよ。」
「ええ、いつでもいらっしゃい。でも連絡はよこしてね。
それとね、祥貴。
陽菜がね、この4月から名古屋で働くことになったのよ。」
「ああ、じいちゃんから聞いたよ。」
「そうなのよ。反対している訳じゃないのだけれど。いくらか心配でね。
それで、時々でもいいから様子を見てあげて欲しいのよ。」
「そういうことか。まぁ、そうだな。引っ越しはいつなんだい。」
「部屋が決まり次第、なるべく早く引越ししたいって聞かなくてね。
来月あたりには、引っ越すことになると思うわ。
祥貴が見てくれたら安心なのだけれど、どうかしら。」
「1月下旬から大学のテストがあるからね。それが終わったら授業もほとんどなくなる。
それからだったら問題ないが、陽菜が嫌がらないかい。」
「そんなこと在り得ないわよ。全然顔を見せないから少し怒ってるかもしれないけれど。」
叔母は何気なく私の心を抉って笑った。
「じゃあ、頼みますね。陽菜にも伝えておきますから、テストはいつ終わるのかしら。」
「31日だね。」
「だったら2月の1日に行ってちょうだい。
はっきり決めておかないと、あなたまた来なくなるでしょ。
あと連絡先も教えておいてちょうだい。陽菜にも伝えておくわ。」
***
ただ、突っ立っているだけで一番輝いている道に乗っていた。降りなければいけなかった。
立ち行かなくなることは目に見えている。見ないふりではなく、本当に見えていないのだと
何度も言い聞かせることが唯一の救いだった。
世間体、正義、社会、未来、全てを天秤にかけたが、心を乗せた受け皿に太刀打ちできるはずはなかった。