第11話

文字数 802文字

 次の日から、父は一切姿を見せなくなった。
私は日常に戻った気がした。正式に他人に戻った彼は、
非常に私を疲弊させていた。
彼がいなくなることは、私には当然で安心させるものだった。


 母と二人で年を越した。
贅沢はなかったが、何もないことは嫌いではない。
(強がりだったかもしれない。)
毎年、年明けは叔母の家に行っていたが、今年は母も私も何も言わずに
家で穏やかな時間を過ごした。
外には受験が控えているとでも言っておけば問題ない。
実際、受験のために名古屋まで車を走らせ、一泊し
また戻るといったことを幾度か繰り返した。
月日は瞬く間に過ぎ、結果も期待通りに訪れた。
結果を確認した私は、あえて肩を落とした様子で
母の車に戻り、反応を楽しんだことだけは
はっきり覚えている。


 借りた部屋へ入居できる幾分か前には、家を発たねばならず
母方の実家に当分の間住まわせてもらうことになった。
母は、父の顔が浮かぶものには一切手を付けず、個人で持っていたものと
私のために必要なものだけを名古屋へ送った。
その為、引っ越す前日となっても伽藍堂となることはなく
殊に新鮮な光景は無かった。
不鮮明なその区切りが、私の実感を待たずして飲み込むように訪れた。
飲み込まれてしまえば、何も変わらない。
色の移ろいすら感じぬまま、何もかも淡々と過ぎ去った。


 ひとしきり眠り、昼前には発つことにした。
重たい扉を開けて外に出る。冷たい空気が上着に染み込む。
首筋に直接入ってくる空気は、なんとも心地がよかった。
母の車に乗り込んだ。座席のシートの匂いがする。
車が動き出し、バックミラーに視線を移した。
助手席からは家は見えない。振り返りはせず、目を瞑った。
瞼の黒さが深くなり、トンネルに入ったことが分かった。
目を開けて、黄色い暗闇を楽しんだ。
トンネルを抜けると、池が見えた。
深緑の水の塊の上に、日に照らされた白い波が浮かんでいる。
池に沿って曲がった。



「長居はできないからね。」
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