第25話
文字数 1,380文字
部屋にはまだ真新しさが一面に広がっていた。
彼女の色も生活感すらも生まれていなかった。
表情には明るさが差しているいるが、言葉には悪さが染みている。
「久しぶりだね。」
充分に月日を吸い込んだ彼女は、これ以上ないほど含みを加えて言った。
「そうだな。あの家以外で会うのは不思議な感じだ。」
「あの家には来ないじゃない。」
「そんなにいじめてくれるなよ。悪かったと思ってるさ。」
「いじめたのそっちじゃないの。まぁ、そのうち許してあげるよ。」
彼女の言葉は容赦なく私を刺してくる。
先の鋭さは見えるが痛みを感じなかった。
それどころか、切っ先に付着した彼女の寂しさが、私を悦ばせていた。
「仕事はいつから始まるんだ。」
「4月からだよ。祥貴はまだ大学生でしょ。追い抜かしちゃったね。」
「かもしれないな。でも、引っ越すには早すぎたんじゃないのか。」
「仕事に関してはそうかもね。」
彼女の言葉がすべて背中を向けて飛んでくる。その言葉は、私の望む色を乗せていた。
たどり着いてはいけない目的地に向かう色を。
望む場所は、時間に乗っていれば向こうからやってきた。
然し、裏を表として、彼女の望む言葉として、自ら作り変え音を加えてやらなければ足を着くことができなかった。
誰かに突き落とされれば、彼女が手を引いてくれれば。
そういう言い訳や狡猾さを許してくれなかった。
望む運命は流れ着いたが、運命を運命たらしめる決定は自身の手で行わなければならない。
他者からすれば、選択肢を与えてくれた優しさに思うだろうか。
否定できないことを知った上での選択肢は残酷でしかないのだ。
***
彼女はため込んでいたもの一気に吐き出すように話し始めた。
その姿は,嘗ての陽菜を私に想起させたが、言葉の重さが速度を緩やかにしている。
家具の組み立てやレイアウトの移動、荷解きを一通り手伝った。
その間も針先のような言葉は無数に私を刺してくる。
いい終わりにはいつも微笑みを透かしてくれた。
「夜ご飯はどこか食べにいこっか。まだ、越してきたばかりであまりわからないけど。」
「ああ、そうだな。俺は食べてそのまま帰ることにするよ。」
「いやよ。」
彼女はただそれだけ言って、機嫌よく準備を始めた。
私の返答など元より求められていないかのように。
幼さを捨て始めた洋服を身に纏い、粉を乗せた産毛がきめの細かい肌を際立たせている。
靴を履くために俯く彼女の横顔は、私の懸念をひどく矮小なものに変化させた。
靴ひもに向かっている彼女の視線を、ただ私に向けさせることに全てを投げうっても悔いはない。
もしも、他の男に向けられるのであれば、もはや私の関知できない世界であってほしい。
それだけが私の願いとなった。
「陽菜。」
「なに。」
彼女は、後れ髪を眉に引っ掛けてこちらを振り返った。
揺蕩う彼女の瞳が、私の決意を固めてくれた。
「今日はここに居ていいかい。」
「だめだと思う?」
「思わない。」
自分でも驚くほど滑らかに言葉が放たれた。口が滑ったのではない。
覚悟の音色が乗っていた。自分の意志でレールの先へ降りた。
興奮と緊張と歓びと恐怖が一度に体中を巡った。
心臓は一気に波打つ。数拍の間に後ろを振り返り、帰り道が途絶されていることに満足した。
「もう、嘘つきは嫌だから。」
彼女は悲しみを覚悟した笑顔で言った。
「今までのこと許してあげる。明日になったらね。」
彼女の色も生活感すらも生まれていなかった。
表情には明るさが差しているいるが、言葉には悪さが染みている。
「久しぶりだね。」
充分に月日を吸い込んだ彼女は、これ以上ないほど含みを加えて言った。
「そうだな。あの家以外で会うのは不思議な感じだ。」
「あの家には来ないじゃない。」
「そんなにいじめてくれるなよ。悪かったと思ってるさ。」
「いじめたのそっちじゃないの。まぁ、そのうち許してあげるよ。」
彼女の言葉は容赦なく私を刺してくる。
先の鋭さは見えるが痛みを感じなかった。
それどころか、切っ先に付着した彼女の寂しさが、私を悦ばせていた。
「仕事はいつから始まるんだ。」
「4月からだよ。祥貴はまだ大学生でしょ。追い抜かしちゃったね。」
「かもしれないな。でも、引っ越すには早すぎたんじゃないのか。」
「仕事に関してはそうかもね。」
彼女の言葉がすべて背中を向けて飛んでくる。その言葉は、私の望む色を乗せていた。
たどり着いてはいけない目的地に向かう色を。
望む場所は、時間に乗っていれば向こうからやってきた。
然し、裏を表として、彼女の望む言葉として、自ら作り変え音を加えてやらなければ足を着くことができなかった。
誰かに突き落とされれば、彼女が手を引いてくれれば。
そういう言い訳や狡猾さを許してくれなかった。
望む運命は流れ着いたが、運命を運命たらしめる決定は自身の手で行わなければならない。
他者からすれば、選択肢を与えてくれた優しさに思うだろうか。
否定できないことを知った上での選択肢は残酷でしかないのだ。
***
彼女はため込んでいたもの一気に吐き出すように話し始めた。
その姿は,嘗ての陽菜を私に想起させたが、言葉の重さが速度を緩やかにしている。
家具の組み立てやレイアウトの移動、荷解きを一通り手伝った。
その間も針先のような言葉は無数に私を刺してくる。
いい終わりにはいつも微笑みを透かしてくれた。
「夜ご飯はどこか食べにいこっか。まだ、越してきたばかりであまりわからないけど。」
「ああ、そうだな。俺は食べてそのまま帰ることにするよ。」
「いやよ。」
彼女はただそれだけ言って、機嫌よく準備を始めた。
私の返答など元より求められていないかのように。
幼さを捨て始めた洋服を身に纏い、粉を乗せた産毛がきめの細かい肌を際立たせている。
靴を履くために俯く彼女の横顔は、私の懸念をひどく矮小なものに変化させた。
靴ひもに向かっている彼女の視線を、ただ私に向けさせることに全てを投げうっても悔いはない。
もしも、他の男に向けられるのであれば、もはや私の関知できない世界であってほしい。
それだけが私の願いとなった。
「陽菜。」
「なに。」
彼女は、後れ髪を眉に引っ掛けてこちらを振り返った。
揺蕩う彼女の瞳が、私の決意を固めてくれた。
「今日はここに居ていいかい。」
「だめだと思う?」
「思わない。」
自分でも驚くほど滑らかに言葉が放たれた。口が滑ったのではない。
覚悟の音色が乗っていた。自分の意志でレールの先へ降りた。
興奮と緊張と歓びと恐怖が一度に体中を巡った。
心臓は一気に波打つ。数拍の間に後ろを振り返り、帰り道が途絶されていることに満足した。
「もう、嘘つきは嫌だから。」
彼女は悲しみを覚悟した笑顔で言った。
「今までのこと許してあげる。明日になったらね。」