暗い闇(五)

文字数 1,304文字

 僕は、彼女が既に結婚していると聞いて、頭の中が真っ白になっていた。

「そうですよね……。要先輩は素敵だから、ご主人が居ても不思議ないですよね。で、どんな人なんです?」
 本当はそんなもの、僕は聞きたくもない。
「そうね……、もう、かれこれ六年は会っていないから、大分忘れちゃったわね」
「海外旅行でもされているのですか?」
「死んじゃったわ……。私が、六年前に殺したのよ……」
「ええ??」
「信じた?」
「え……?」
 顔こそ見ることは出来ないが、要耀子先輩は笑っているようだった……。
「流石に無理かな……? 六年前って言ったら中学生だもの……。まだ、結婚できる歳じゃないしね」
「先輩! 僕は真面目なんですよ!!」
「ご免、ご免。じゃぁ、真面目な話するわね。あなた、来週からサークル仲間との旅行を計画してるでしょう? あれ、キャンセルしてくれないかな?」
「どうしてですか? 何か来週、僕に用事でもあるのですか?」
「用事は無いけど、あっち方面にはちょっとリスクがあってね。正確なリスク内容は分からない……。私自身への脅威じゃないから、詳細な検知が出来ないのよ……」
「そんなこと、信じろって言うんですか?」
「信じる信じないは幸四郎の勝手。行く行かないも幸四郎の勝手。実際、危険は無いのかも知れない。私は別に誰がどうなろうと構わない……。だけど、あなたって、なんとなく弟みたいで、気になるのよね……。それに、顔は遥かにあなたの方がハンサムなんだけど、幸四郎って、何となく、私の兄に雰囲気が似ているのよ……」
 そう言えば、誰かが、要先輩には行方不明の兄がいるって言っていた……。

「分かりました。先輩がそう言うのなら、旅行はキャンセルします。でも、二つ条件を付けて良いですか?」
「私は強制する気はないわ。だから条件を付けても、聞く気は無いけど……。でも、言ってごらんなさい。それで気が済むなら……」
「一つは、僕の前に姿を現すこと。僕も先輩を姉の様に思っているのですから……」
 これは嘘である。
「二つめは、来週、僕の家に遊びに来てくれること。僕は奈良県の方から出てきて叔母と暮らしているのですけど、先輩に叔母を合わせてみたい。叔母は巫女みたいなことやっていて、ミステリアスな人だから……」
「一つ目について、姿を現すだけならいいけど、付き合っていると勘違いされると嫌だから、食事とか奢るなんて言わないでね。二つ目は了解よ。但し、これも幸四郎の恐ろしいファンクラブに気付かれない様にすることが条件。これ以上、私は敵を増やしたくないの。来週の日曜日でいいかしら? あなたのお(うち)に伺うわ。何時頃がいい?」
「11時ごろに来てくれますか? 僕の家ならいいでしょう? お昼をご馳走させてください。この間のお礼をしていないし。あと、迎えには……」
「結構よ。一緒に歩いている所を見られたくないもの。三鷹のお宅に11時にお邪魔するわ。よろしくね!」
「要先輩? 僕の家の場所、知っているのですか……?」

 僕は彼女の名前を繰り返したが、後ろからの返事はもうない。そして、意を決して僕が振り返った時には、暗闇が広がるばかりで、彼女の姿はもうどこにも見えなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部三回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部の新入生。

橿原敏子


橿原幸四郎の叔母。以前、奈良県で巫女の仕事をしていた霊感の強い女性。

加藤亨


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部三回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会の会員。

白瀬沼藺


要耀子の高校時代の友人。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み