耀子の正体(七)
文字数 1,344文字
戻ってきた耀子先輩は、げっそりと青白い顔をしている。この一瞬の間に、彼女は突然の不調に陥ってしまった様だった。
「大丈夫ですか? 乗り物酔いですか?」
「ご免なさい……。ちょっと……。私、このまま……。『我、パズズ、荒れ狂う熱波の悪霊王……』」
「何ですか? その呪文?」
「何でもないわ……。ご免なさい。私、ちょっと用事が出来ちゃった……。フィールド調査は、幸四郎一人でやってくれないかな? 私は大宮か、宇都宮で突然帰っちゃたとか云うことにして……」
「何言ってるんですか? 先輩……」
そこに、丁度、僕たちの脇を通りかかった黒メガネとマスク、ハンチングを被った人物が、彼女を目にして、心配したのか、通路から耀子先輩に声を掛けてくる。
「大丈夫? 気分悪そうよ?」
僕は男性かと思ったのだが、その声は女性のものだった。
「大丈夫です。この腕輪をすれば、少しは良くなりますから……」
「フフフ……。そんなのじゃ、効かないわよ。今、楽にしてあげるから……」
女は強引に耀子先輩の手を取ると、先輩の左手首に、金属製の男物の時計の様なものを嵌めた。そして、それが済むと、纏っていたサングラスとマスクを外し、女は素顔を晒したのである。
それは、映画スターにでもなれそうな、非常に美しい女性だった……。
「盈さん?」
「どう? 完璧でしょう? これはその鼈甲の腕輪の強化版。耀子の全ての力を封じてしまうのよ。悪魔の特殊能力だけじゃないわ。筋力や基礎体力も人間並みになるし、生気だって吸収できなくなっちゃうのよぉ……」
耀子先輩は、その腕輪を強引に外そうとする。だが、先輩の力ではびくともしない。
「それに、簡単に外すことも出来ないの。パスワードがいるのよ、その時計の文字盤の様なキーボードから入力するのだけど」
「どう云うこと? 何を企んでいるの?」
「いいこと。抑 、折角のデートなのに、仕事のことなんか考えるものでは無くてよ。今回は私が替わりを務めてあげる。だから、お二人で旅行を楽しんでいらっしゃいな……。
貴方、耀子を抑えていて。今ならこの娘 、人間の力しか出せないから!」
その女性は唖然とする僕に、流し目で言葉を掛ける。しかし、怒り狂った先輩は、立ち上がって女性に殴りかからんばかりだ。
「馬鹿言わないで! パズズとラバルトゥよ! 盈さん一人でどうにかなるものではないでしょ? パスワードを教えなさい!」
「あ、そう。じゃ教えてあげる。それはね、ある数学定数の小数点以下10桁よ。あ、ご免なさい、カンニングで人生を生きてきた、微積も分からない如何様 学生の耀子なんかに、答えられる筈はないわね。じゃ私は用があるの……。アッカドに人を待たせているのよ。じゃあね……」
盈と呼ばれた女性は、そう言うと、手を振って通路を進行方向へと軽やかに歩き去って行った。一方、耀子先輩は青白かった顔に赤味が戻り、もう体調も大分良くなってきているみたいだった。
で、僕はと云うと、あの女性に言われるまま、耀子先輩に抱きついて席を立たせないように抑え込んでいる。
「幸四郎、離して……。痴漢だって、声を上げるわよ……」
僕は真っ赤になって自分の席に普通に座り直し、彼女の顔色を伺う。耀子先輩はまだ不機嫌そうだが、興奮は大分治まっている様だった。
「大丈夫ですか? 乗り物酔いですか?」
「ご免なさい……。ちょっと……。私、このまま……。『我、パズズ、荒れ狂う熱波の悪霊王……』」
「何ですか? その呪文?」
「何でもないわ……。ご免なさい。私、ちょっと用事が出来ちゃった……。フィールド調査は、幸四郎一人でやってくれないかな? 私は大宮か、宇都宮で突然帰っちゃたとか云うことにして……」
「何言ってるんですか? 先輩……」
そこに、丁度、僕たちの脇を通りかかった黒メガネとマスク、ハンチングを被った人物が、彼女を目にして、心配したのか、通路から耀子先輩に声を掛けてくる。
「大丈夫? 気分悪そうよ?」
僕は男性かと思ったのだが、その声は女性のものだった。
「大丈夫です。この腕輪をすれば、少しは良くなりますから……」
「フフフ……。そんなのじゃ、効かないわよ。今、楽にしてあげるから……」
女は強引に耀子先輩の手を取ると、先輩の左手首に、金属製の男物の時計の様なものを嵌めた。そして、それが済むと、纏っていたサングラスとマスクを外し、女は素顔を晒したのである。
それは、映画スターにでもなれそうな、非常に美しい女性だった……。
「盈さん?」
「どう? 完璧でしょう? これはその鼈甲の腕輪の強化版。耀子の全ての力を封じてしまうのよ。悪魔の特殊能力だけじゃないわ。筋力や基礎体力も人間並みになるし、生気だって吸収できなくなっちゃうのよぉ……」
耀子先輩は、その腕輪を強引に外そうとする。だが、先輩の力ではびくともしない。
「それに、簡単に外すことも出来ないの。パスワードがいるのよ、その時計の文字盤の様なキーボードから入力するのだけど」
「どう云うこと? 何を企んでいるの?」
「いいこと。
貴方、耀子を抑えていて。今ならこの
その女性は唖然とする僕に、流し目で言葉を掛ける。しかし、怒り狂った先輩は、立ち上がって女性に殴りかからんばかりだ。
「馬鹿言わないで! パズズとラバルトゥよ! 盈さん一人でどうにかなるものではないでしょ? パスワードを教えなさい!」
「あ、そう。じゃ教えてあげる。それはね、ある数学定数の小数点以下10桁よ。あ、ご免なさい、カンニングで人生を生きてきた、微積も分からない
盈と呼ばれた女性は、そう言うと、手を振って通路を進行方向へと軽やかに歩き去って行った。一方、耀子先輩は青白かった顔に赤味が戻り、もう体調も大分良くなってきているみたいだった。
で、僕はと云うと、あの女性に言われるまま、耀子先輩に抱きついて席を立たせないように抑え込んでいる。
「幸四郎、離して……。痴漢だって、声を上げるわよ……」
僕は真っ赤になって自分の席に普通に座り直し、彼女の顔色を伺う。耀子先輩はまだ不機嫌そうだが、興奮は大分治まっている様だった。