妖狐と耀子(三)

文字数 1,529文字

 その日、僕たちミステリー愛好会は、フィールドワークに出る為、正午過ぎに東京駅に集合していた。
 今回、フィールドワークに参加するメンバーは、加藤亨、是枝啓介、中田美枝、柳美海、そして僕の計五人。結局、耀子先輩が参加することはなかった……。
 そうは言っても、それを不満に思う者など僕以外いないし、不思議に思う者など誰もいない。僕自身も、それは仕方ないと思ってはいるのだが、矢張り、残念であると云う思いを拭い去ることは出来なかった。

 今回のフィールドワークは、昼に出発の新幹線やまびこに乗り込んで、福島から山形方面へと進み、山形から車で蔵王温泉に向かうと云う、謎の生物を目指す一泊二日の小旅行となっている。
 まあ、分かり易く言うと、雪を見ながらの温泉旅行だ。
 とは言っても、建前と云う物はある。
 各々が新幹線の座席を確保し、列車が動き出すと、僕たちは、一応、今回の旅行の目的である未確認生物について、形だけの事前討論を始めた……。

「結局、イエティみたいなもんだろ?」
 と是枝先輩が面倒臭そうに切り出す。
 すると、三人掛けの窓際に座った、副部長の中田先輩が反論し、持論を展開した。
「そんなものがいる訳ないでしょう? 蔵王近く……。恐らく、樹氷と見間違えたのよ」
「噂では、今回の相手のイメージは雪男みたいだな。東北一帯では雪女の伝説は多いのだが、比較的雪男伝説は少ない。恐らく海外の雪男に着想を得た、最近の創作ではないかと思う」と部長の加藤先輩が纏める。
「でもさ、どうして日本、雪の妖怪って女なの? 幸四郎君、どう思う?」
 今度は通路の向こう側に陣取る中国人留学生の柳さんが、僕に意見を求めて来る。が、別のことを考えていた僕は、直ぐに答えられない。

 中田先輩が、そんな僕に駄目出しをする。
「橿原君、確かにこれは温泉旅行だけど、一応、現地調査なんだからね」
 だが、是枝先輩は、そう思ってはいない様だった。
「中田、こんなの小学生のデマか、町興しの宣伝だぜ。俺は100パーセント温泉旅行だど思ってるけどな……。じゃ、俺は勝手にビールを呑むことにするぜ。まぁ美海と幸四郎は、お子ちゃまなので、ジュースで我慢しろよな!」
 是枝先輩は、レジ袋から缶ビールを取り出し一人で飲みだした。これには加藤部長、中田先輩をはじめ、柳さんですら不満の声を上げる。しかし、僕は一人、それを無視して窓の外に広がる都市、住宅、山々、広々とした田園、それらの変化する景色を、ただじっと見つめていたのだった。

 さて……、単純な温泉旅行であるならば、駅から蔵王温泉までバスで一本なのだが、僕たち五人は山形からレンタカーを借り、少しフィールド調査と称する未確認生物の情報収集を開始する。
 とは言っても、事前にネットなどで、その出現場所やら、色々な情報を仕入れている。後は数人に直接話を聞いて、最後にその出現場所で夕暮れまで待機し、何も起こらないことを確認するだけだ。

 フィールド調査は、凡そ是枝先輩の予想通りの展開となった。
 実在すると云うことで、どんな奴かと尋ねると、「人が見た話を聞いただけで、自分は見ていないので、はっきりしないが……」と前置きされ、誰もが、大体イエティかビックフットのイメージで話をしてくる。特徴的なものは何もない。

 僕らは車に乗り込むと、調査の仕上げに出発した。これが終われば、是枝先輩の言う様に、もう蔵王観光と最後の温泉入浴しか残っていない。
「まぁ、こんなものだな」
 是枝先輩が鼻高々に全員に言った。流石に中田先輩も同意するしかない。
「どこも変わりないわね……」
「仕方ない。実物を拝みに行こう……。いればの話だがね……」
 加藤部長も、多少投げ遣りにレンタカーのハンドルを切った。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部三回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部の新入生。

橿原敏子


橿原幸四郎の叔母。以前、奈良県で巫女の仕事をしていた霊感の強い女性。

加藤亨


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会部長。

中田美枝


某医療系大学薬学部三回生。ミステリー愛好会副部長。

是枝啓介


某医療系大学医学部三回生。ミステリー愛好会の会員。

柳美海


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会の会員。

白瀬沼藺


要耀子の高校時代の友人。

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