妖狐と耀子(七)
文字数 1,579文字
僕と少女を乗せた運転手の乗っていない車は、山の麓に到着し、そこの路肩に駐車をした。ここは雪など振っておらず、どんよりとした雲に覆われた、重苦しい夕闇だけが残っている。
「おい、どうして、ここで止めるんだ?」
僕は隣に座る少女に尋ねた。
運転手はいないが、車を操っているのは、この少女だ。そして、恐らく、この少女の正体は妖狐シラヌイ……。
「じゃ、私はここで帰るわね」
「お、おい……」
「暫くここで待っていれば、あなたのお友達も、そのうち降りてくる筈よ」
「耀子先輩は? 要耀子先輩の方は、どうなったんだ?」
「あの雪貂を懲らしめて、もう帰ったんじゃないかしら?」
少女は、僕の問いに涼しい顔で答える。
「雪貂?」
「ええ、雪を操る貂の妖怪。あの大男はあいつの操る雪ダルマよ。あいつはその中にいたみたいね。でも、そんなの耀子ちゃんにはお見通し……。それに、あの程度の力じゃ、今頃カチカチ山の狸みたいに身体中火傷して、ヒーヒー言ってるに違いないわ」
それにしても、あの雪男の正体が、中空の雪ダルマだったとは……。
「耀子先輩は……、その雪貂って奴を、殺さなかったんだね……」
「そうね……。言われてみれば、耀子ちゃんって『殺す』だとか『食べちゃう』とか良く言う癖に、本当に相手を殺したことなんか、私、一度も見たこと無いわね。今回もきっと殺してないんじゃないかしら……」
先輩なら、そうかも知れない……。
「そうか、じゃぁ僕は、もう一度上に戻って、先輩たちを迎えに行ってくるよ」
「その必要はないわ……。ほら、歩いて降りて来たでしょう……」
僕が車の後ろ、今来た道の暗がりに目を凝らして見ると、加藤部長、是枝先輩、中田先輩、柳さんの四人、それと他の観光客も夢遊病者の様に坂道を下ってくる。それは人間にしては、少々速過ぎるスピードだった。
「ところであなた、運転できる?」
「ああ、加藤先輩みたいに得意と云う訳ではないけど、一応免許は持ってるよ……」
「だったら運転席に移った方がいいわ。だって、あなたのお友達、みんな、まだ気絶したままだもん」
そう言うと、沼藺はその車から降りて闇の中へと走り去って行った。それと入れ替わりに、加藤部長たちが次々と車に乗り込んでくる。しかし、みんな生きてはいるものの、まだ完全に意識は戻っていない様だった。
僕は彼らに押し出される様に、反対側のドアから車の外へと出る。そして、そのまま無人の運転席へと移り、皆を乗せ、ホテルのある蔵王温泉へと車を走らした。
その後……。
僕たちはホテルのチェックインを済まし、そのまま食事をして、何事も無かったかの様に宿泊した……。
中田先輩は「警察に届けた方がいい」と主張したのだが、それは皆に拒否されている。
車を運転してきた僕が「そんなこと、あったんですか?」なんて言っている上に、先輩たちは皆、雪山に倒れてからどうやって車に戻ったのか覚えておらず、自分たちが幻覚を見たと云う可能性を、誰も否定しきれない状態だったからだ。
で、疲れていたこともあり、明日、もう一度、あの山に登って確認することにして、結局、僕たちは警察に行くことは止 めにして、温泉を楽しむことにしたのである。
そして翌日……。
あの山へと僕たちが戻っても、あれだけ吹雪 いて積もっていた筈の雪も、もう、ひとかけらも残っておらず、そこには晴れた明るい初冬の景色が、何事も無かったかの様に広がっていた。
ただ、先輩たちの様に、ここで雪男に襲われたと主張する人間が、何人か警察関係者と揉めていただけである……。
それを見て、先輩たちは皆、安心してそこを去ることが出来た。
あれは幻覚ではない……。
ただ、証明することの出来ないものだ。
幻覚でないと分かっただけで、
充分じゃないか……。
そう云うものが、
一つや二つ在ったって……、
それくらい、良いだろう……。
「おい、どうして、ここで止めるんだ?」
僕は隣に座る少女に尋ねた。
運転手はいないが、車を操っているのは、この少女だ。そして、恐らく、この少女の正体は妖狐シラヌイ……。
「じゃ、私はここで帰るわね」
「お、おい……」
「暫くここで待っていれば、あなたのお友達も、そのうち降りてくる筈よ」
「耀子先輩は? 要耀子先輩の方は、どうなったんだ?」
「あの雪貂を懲らしめて、もう帰ったんじゃないかしら?」
少女は、僕の問いに涼しい顔で答える。
「雪貂?」
「ええ、雪を操る貂の妖怪。あの大男はあいつの操る雪ダルマよ。あいつはその中にいたみたいね。でも、そんなの耀子ちゃんにはお見通し……。それに、あの程度の力じゃ、今頃カチカチ山の狸みたいに身体中火傷して、ヒーヒー言ってるに違いないわ」
それにしても、あの雪男の正体が、中空の雪ダルマだったとは……。
「耀子先輩は……、その雪貂って奴を、殺さなかったんだね……」
「そうね……。言われてみれば、耀子ちゃんって『殺す』だとか『食べちゃう』とか良く言う癖に、本当に相手を殺したことなんか、私、一度も見たこと無いわね。今回もきっと殺してないんじゃないかしら……」
先輩なら、そうかも知れない……。
「そうか、じゃぁ僕は、もう一度上に戻って、先輩たちを迎えに行ってくるよ」
「その必要はないわ……。ほら、歩いて降りて来たでしょう……」
僕が車の後ろ、今来た道の暗がりに目を凝らして見ると、加藤部長、是枝先輩、中田先輩、柳さんの四人、それと他の観光客も夢遊病者の様に坂道を下ってくる。それは人間にしては、少々速過ぎるスピードだった。
「ところであなた、運転できる?」
「ああ、加藤先輩みたいに得意と云う訳ではないけど、一応免許は持ってるよ……」
「だったら運転席に移った方がいいわ。だって、あなたのお友達、みんな、まだ気絶したままだもん」
そう言うと、沼藺はその車から降りて闇の中へと走り去って行った。それと入れ替わりに、加藤部長たちが次々と車に乗り込んでくる。しかし、みんな生きてはいるものの、まだ完全に意識は戻っていない様だった。
僕は彼らに押し出される様に、反対側のドアから車の外へと出る。そして、そのまま無人の運転席へと移り、皆を乗せ、ホテルのある蔵王温泉へと車を走らした。
その後……。
僕たちはホテルのチェックインを済まし、そのまま食事をして、何事も無かったかの様に宿泊した……。
中田先輩は「警察に届けた方がいい」と主張したのだが、それは皆に拒否されている。
車を運転してきた僕が「そんなこと、あったんですか?」なんて言っている上に、先輩たちは皆、雪山に倒れてからどうやって車に戻ったのか覚えておらず、自分たちが幻覚を見たと云う可能性を、誰も否定しきれない状態だったからだ。
で、疲れていたこともあり、明日、もう一度、あの山に登って確認することにして、結局、僕たちは警察に行くことは
そして翌日……。
あの山へと僕たちが戻っても、あれだけ
ただ、先輩たちの様に、ここで雪男に襲われたと主張する人間が、何人か警察関係者と揉めていただけである……。
それを見て、先輩たちは皆、安心してそこを去ることが出来た。
あれは幻覚ではない……。
ただ、証明することの出来ないものだ。
幻覚でないと分かっただけで、
充分じゃないか……。
そう云うものが、
一つや二つ在ったって……、
それくらい、良いだろう……。