妖狐と耀子(八)
文字数 1,625文字
僕は三鷹の家に戻ると、まず、シラヌイに守るよう頼んでくれたことについて、叔母の敏子に礼を述べた。だが、彼女は不思議そうな顔をして、こう言ったのである。
「あたしは、そんなお願いなんかしていないよ。抑 、あたしがどうやって妖狐シラヌイとコンタクトを取るのさ?」
「でも、彼女がメールで……」
スマホを見ても、シラヌイからのメールは既に削除されてしまっていた。そして、そのアドレスに空メールを送ろうとしても、アドレスは既に使えなくなっている。
このままでは、旅行で起こったことを叔母に信じて貰えそうにない。僕は必死になって旅行中にあったことを叔母に話した。
その甲斐があってか、僕が嘘を言ってないと云うことだけは信じて貰えたのだが……。
「どうも胡散臭いねぇ……。本当に妖狐シラヌイだったのかい? まぁ、いずれにしても無事で良かったじゃないか? 感謝するんだね、あのお嬢さんに……」
叔母はそう言うと、目を閉じ、ロッキングチェアに掛けたまま、すっと眠りに就いた。
あの旅行後の最初のサークル活動日、この日も耀子先輩は休みだった……。
是枝先輩は「あいつ、また休みかよ。いい気なもんだぜ、俺たちがこんなに酷い目に遭ったのにさ……」などとぼやいている。
僕は、先輩たちが耀子先輩に助けられたことを、ちょっと匂わせてやろうかとも思ったが、誰も信じやしないだろうし、そんなことしたら、逆に耀子先輩の怒りを買って、愛想をつかされるだろうから、それをすることだけは止 めて置いた。
ま、その代わり、僕はその日も駅まで歩いて帰ることにしたのであるが……。
「で、今度は何の用なの?」
予想通り、暗い闇の処まで来ると、澄んだ声が僕の背中の方から聞こえてくる。
「お礼を言おうと思って……。助けてくれて、ありがとう……」
あと……、これを言うと、怒られそうだったので、敢えて口にしなかったのだが、矢張り彼女のことが心配だったので、安否を確かめに来たと云う理由もある。
「別に助けた訳じゃないわ。あれは私の仕事。アルバイトみたいなものよ」
「耀子先輩、やっぱり優しいんですね。サークルの皆 も結局、助けてくれたし……」
「彼らまで助けた心算はないわ……。結果、そうなっただけよ」
僕は「じゃ、僕のことは助けてくれたんですね……」と言いたかったが、先輩のことだ、なんだかんだと理由をつけて、これも否定するに決まっている。だから僕は、その台詞も口にはしなかった。
「白瀬沼藺ちゃんに会いましたよ。耀子先輩は妖狐シラヌイじゃ無かったんですね……。そういえば、彼女、耀子先輩を知っているみたいでしたけど……」
「白瀬沼藺は、高校の時のクラスメートよ。彼女が転校してきた時、偶然、そのクラスにいたのが私たち兄妹なの。でも彼女、半年で辞めちゃったけどね……。私が妖怪みたいだって、虐めたからかしら……」
僕は「虐められてた風には、見えなかったけどな……」と言いそうになったが、それも口にするのは止めて置いた。
「ところで……、運転席のハンドルと加藤先輩たちの背中に、こんな葉っぱが付いていたんですけど、これって、どんな意味があるのか、知っていますか?」
僕は肩越しに、掌より大きい楓 のような葉っぱを後ろに翳した。
「これは、葛の葉ね……。
きっと、沼藺の式神じゃないかしら。これで色んなものを操るのよ。家来にもなってくれるわ。それにしても彼女、式神も使えるようになったんだ……」
「へぇ、そうやって彼女は、車を運転させたり、加藤先輩たちを操って、下山なんかもさせたりしてたんですね……」
考えてみると、妖狐の妖力とは実に恐ろしいものだ。もし、僕の背中に葛の葉を張られてしまったら、僕も妖狐シラヌイに操られてしまっていたってことか……。
「じゃぁ、私は行くわね」
「あ、待って……」
僕はそう言ったのだが、後ろからは、もう何の返事も聞こえては来なかった。
振り返って見ても、もう、そこには、暗い闇しか残されてはいない……。
「あたしは、そんなお願いなんかしていないよ。
「でも、彼女がメールで……」
スマホを見ても、シラヌイからのメールは既に削除されてしまっていた。そして、そのアドレスに空メールを送ろうとしても、アドレスは既に使えなくなっている。
このままでは、旅行で起こったことを叔母に信じて貰えそうにない。僕は必死になって旅行中にあったことを叔母に話した。
その甲斐があってか、僕が嘘を言ってないと云うことだけは信じて貰えたのだが……。
「どうも胡散臭いねぇ……。本当に妖狐シラヌイだったのかい? まぁ、いずれにしても無事で良かったじゃないか? 感謝するんだね、あのお嬢さんに……」
叔母はそう言うと、目を閉じ、ロッキングチェアに掛けたまま、すっと眠りに就いた。
あの旅行後の最初のサークル活動日、この日も耀子先輩は休みだった……。
是枝先輩は「あいつ、また休みかよ。いい気なもんだぜ、俺たちがこんなに酷い目に遭ったのにさ……」などとぼやいている。
僕は、先輩たちが耀子先輩に助けられたことを、ちょっと匂わせてやろうかとも思ったが、誰も信じやしないだろうし、そんなことしたら、逆に耀子先輩の怒りを買って、愛想をつかされるだろうから、それをすることだけは
ま、その代わり、僕はその日も駅まで歩いて帰ることにしたのであるが……。
「で、今度は何の用なの?」
予想通り、暗い闇の処まで来ると、澄んだ声が僕の背中の方から聞こえてくる。
「お礼を言おうと思って……。助けてくれて、ありがとう……」
あと……、これを言うと、怒られそうだったので、敢えて口にしなかったのだが、矢張り彼女のことが心配だったので、安否を確かめに来たと云う理由もある。
「別に助けた訳じゃないわ。あれは私の仕事。アルバイトみたいなものよ」
「耀子先輩、やっぱり優しいんですね。サークルの
「彼らまで助けた心算はないわ……。結果、そうなっただけよ」
僕は「じゃ、僕のことは助けてくれたんですね……」と言いたかったが、先輩のことだ、なんだかんだと理由をつけて、これも否定するに決まっている。だから僕は、その台詞も口にはしなかった。
「白瀬沼藺ちゃんに会いましたよ。耀子先輩は妖狐シラヌイじゃ無かったんですね……。そういえば、彼女、耀子先輩を知っているみたいでしたけど……」
「白瀬沼藺は、高校の時のクラスメートよ。彼女が転校してきた時、偶然、そのクラスにいたのが私たち兄妹なの。でも彼女、半年で辞めちゃったけどね……。私が妖怪みたいだって、虐めたからかしら……」
僕は「虐められてた風には、見えなかったけどな……」と言いそうになったが、それも口にするのは止めて置いた。
「ところで……、運転席のハンドルと加藤先輩たちの背中に、こんな葉っぱが付いていたんですけど、これって、どんな意味があるのか、知っていますか?」
僕は肩越しに、掌より大きい
「これは、葛の葉ね……。
きっと、沼藺の式神じゃないかしら。これで色んなものを操るのよ。家来にもなってくれるわ。それにしても彼女、式神も使えるようになったんだ……」
「へぇ、そうやって彼女は、車を運転させたり、加藤先輩たちを操って、下山なんかもさせたりしてたんですね……」
考えてみると、妖狐の妖力とは実に恐ろしいものだ。もし、僕の背中に葛の葉を張られてしまったら、僕も妖狐シラヌイに操られてしまっていたってことか……。
「じゃぁ、私は行くわね」
「あ、待って……」
僕はそう言ったのだが、後ろからは、もう何の返事も聞こえては来なかった。
振り返って見ても、もう、そこには、暗い闇しか残されてはいない……。