暗い闇(六)
文字数 1,478文字
そして、日曜日……、
缶入りのソースで作ったものであったが、朝からビーフシチューを仕込み、某神戸有名店のバゲットを用意して、僕は今日のゲストの到着を今か今かと心待ちしていた。
「幸四郎、お前がそれほど気を遣うなんて、とっても大切なお嬢さん何だろうけどね、彼女は来れないかも知れないよ」
叔母の敏子は、リビングのロッキングチェアに座ったまま、落ち着きのない僕を見てそう言った。
ここは僕の自宅と言っても、正式には実家と云う訳ではない。この古い洋館は、叔母が数年前に、奈良から東京に引っ越してきた時に、意外と格安の値段で手に入れた、ある種いわく付きの家だったのだ。
そして僕は、東京にある某医科大に合格したので、節約のために下宿と云う形で叔母の家の一室に住まわせて貰っている。
僕は叔母の言葉に、スプーンの位置を少し調整しながら返事をした。
「叔母さんの霊感ってやつですか?」
「違うわよ。最初、お前が人間離れした女性だなんて言ったのを、あたし全然信用して無かったのよ。だけどね、何だかここに居る霊的なものが、みんな、すごく緊張しているの。何か、とんでもない者が来るんだって。
だから、あたし、この家の周囲に結界を張っているのよ。もし、この結界で入れないようなお嬢さんだったら、そのひとは人間ではない……。その時は、幸四郎もきっぱりと諦めることね。もし、人間じゃなくて、この結界を破るような相手だったら……、もう、あなたの人生の方を諦めることね。まぁその前に、あたしが生きてないだろうけどさ……」
僕が、叔母の予言に不吉なものを感じた時である。玄関のチャイムが「ピンポーン」と心地よく響く。
僕は思わず叔母を見たのだが、彼女の命は別段問題がないようだった。しかし、霊感の殆どない僕にも、家中の雰囲気と云うか、何か特別なものが、叔母を含めて一気に緊張レベルを上げているのが感じられた。
「来た……」
僕はそう言うと、玄関に大切なゲストを迎えに走った。
玄関のドアを開くと、左程着飾った訳では無いけど、清潔そうな服装に落ち着いた雰囲気の女性が僕を見て微笑んでいる。当然、耀子先輩本人だ。
僕が彼女をリビングへと誘 うと、何かがサーっと道を開けていく感覚が広がって行く。耀子先輩は、花をあしらった帽子を取って、辺りを見回しながら僕の後をついて来てくれていた。
「お邪魔します」
そう普通に言葉を発した耀子先輩に、彼女を目の当たりにした叔母は、驚きの表情を隠せない。
「貴女 、何者なの?」
「幸四郎さんの大学の友人です。要耀子と申します。初めまして」
耀子先輩は「お土産」と言って、僕に麻布豆源の包みを手渡した。
「そんなことは知っている!貴女 、一体何者なの?!」
叔母は、そんな先輩に質問を繰り返す。耀子先輩は叔母の方に向き直り、彼女との会話を再開した。
「それは、お聞きなさらない方が良いと思いますわ。一応お断りして置きますが、私は妖怪ではありません。勿論神仏でもないし、幽霊でもありません。自分では、もう人間だと思っていますのよ」
「貴女 、幸四郎をどうする心算? 憑りついて殺すの?」
「まさか!」
耀子先輩は口に手を当てて少し笑った。そして、「幸四郎さんは私の大切な友人なのですよ。それも数少ない。そんな人を殺す訳ありませんわ。それにしても、ここは随分と妖しい者たちの多い場所ですね……」
「それならいいけど……。いいわ、貴女 を信じましょう。どうせ抵抗したって、あたしじゃ歯が立ちそうもないし。それにしても何なのかしら、この物の怪たちの動揺。貴女 、本当に何物なの?」
「内緒です……」
缶入りのソースで作ったものであったが、朝からビーフシチューを仕込み、某神戸有名店のバゲットを用意して、僕は今日のゲストの到着を今か今かと心待ちしていた。
「幸四郎、お前がそれほど気を遣うなんて、とっても大切なお嬢さん何だろうけどね、彼女は来れないかも知れないよ」
叔母の敏子は、リビングのロッキングチェアに座ったまま、落ち着きのない僕を見てそう言った。
ここは僕の自宅と言っても、正式には実家と云う訳ではない。この古い洋館は、叔母が数年前に、奈良から東京に引っ越してきた時に、意外と格安の値段で手に入れた、ある種いわく付きの家だったのだ。
そして僕は、東京にある某医科大に合格したので、節約のために下宿と云う形で叔母の家の一室に住まわせて貰っている。
僕は叔母の言葉に、スプーンの位置を少し調整しながら返事をした。
「叔母さんの霊感ってやつですか?」
「違うわよ。最初、お前が人間離れした女性だなんて言ったのを、あたし全然信用して無かったのよ。だけどね、何だかここに居る霊的なものが、みんな、すごく緊張しているの。何か、とんでもない者が来るんだって。
だから、あたし、この家の周囲に結界を張っているのよ。もし、この結界で入れないようなお嬢さんだったら、そのひとは人間ではない……。その時は、幸四郎もきっぱりと諦めることね。もし、人間じゃなくて、この結界を破るような相手だったら……、もう、あなたの人生の方を諦めることね。まぁその前に、あたしが生きてないだろうけどさ……」
僕が、叔母の予言に不吉なものを感じた時である。玄関のチャイムが「ピンポーン」と心地よく響く。
僕は思わず叔母を見たのだが、彼女の命は別段問題がないようだった。しかし、霊感の殆どない僕にも、家中の雰囲気と云うか、何か特別なものが、叔母を含めて一気に緊張レベルを上げているのが感じられた。
「来た……」
僕はそう言うと、玄関に大切なゲストを迎えに走った。
玄関のドアを開くと、左程着飾った訳では無いけど、清潔そうな服装に落ち着いた雰囲気の女性が僕を見て微笑んでいる。当然、耀子先輩本人だ。
僕が彼女をリビングへと
「お邪魔します」
そう普通に言葉を発した耀子先輩に、彼女を目の当たりにした叔母は、驚きの表情を隠せない。
「
「幸四郎さんの大学の友人です。要耀子と申します。初めまして」
耀子先輩は「お土産」と言って、僕に麻布豆源の包みを手渡した。
「そんなことは知っている!
叔母は、そんな先輩に質問を繰り返す。耀子先輩は叔母の方に向き直り、彼女との会話を再開した。
「それは、お聞きなさらない方が良いと思いますわ。一応お断りして置きますが、私は妖怪ではありません。勿論神仏でもないし、幽霊でもありません。自分では、もう人間だと思っていますのよ」
「
「まさか!」
耀子先輩は口に手を当てて少し笑った。そして、「幸四郎さんは私の大切な友人なのですよ。それも数少ない。そんな人を殺す訳ありませんわ。それにしても、ここは随分と妖しい者たちの多い場所ですね……」
「それならいいけど……。いいわ、
「内緒です……」