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文字数 876文字

 いま、どうなって、いるの。これは、どういうことなの。
 終わったの……?
 国王の死体を見下ろして立っている殿下に、誰一人として、槍を向けようとはしません。一瞬にして黒がすべて、白に裏返ったのでしょうか。それとも、そうではないのでしょうか。
 終わった、のかも、しれない。
 あのかたにはそれが、信じられないようでした。
 死体に足をかけて、剣を引き抜かれました。足蹴にこそしなかったけれど、目を閉じてやろうとはなさらなかった。しばらく、ただのガラス玉になってしまった二つの目玉を見つめておられました。それから視線を、ふと、天井に。
 これほどの長い苦しみの果てに、たどり着いた終幕は、あっけなかった。糸できつく縛られた鳥が、きゅうにそのいましめを解かれて籠の外へ出されても、まだ自分に翼がもどってきたことを信じられずにじっとしているような、そんなご様子であのかたはたたずんでおられました。天井を仰がれ、そこに抜けるような青空がひろがってでもいるかのように、そこから涼やかな光が降りてでもきたかのように、まぶしそうに、なつかしそうに、お手を目の前にかざされました。
 終わりではありません、ハムレットさま。ここからすべてが始まるのです。いまからあなたはその翼をひろげられるのです。王子の服を脱ぎ、王の衣装をまとわれて、(きざはし)を昇っていかれるのです。そしてそこから、わたしたちをふりかえってくださるはずではなかったのですか。ハムレットさまのご本には、もう白紙のページしか残っていないようでした。終わった。何もかも終わった。これで――
 一人の兵がつかつかと歩いてきて、ハムレットさまを背後から、槍でつらぬきました。
 レアティーズ兄さまが吼えるように叫びましたが、兄も左右の剣を手ばなして丸腰でしたから、あっさりと討たれました。ところが、殿下を刺したその男を、別の兵が斬り伏せたのです。その人もまた別の者に斬られ、ホレーシオさまが抜刀して飛びだしていき、誰が敵で誰が味方かわからぬ大混乱(カオス)のうちに、バルバラがわたしの腕の中でくずれ落ちて、そのあとのことは、よく覚えていません。

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