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文字数 1,451文字

 また、バルバラの、お説教。わたしはこの四、五日、うきうきしたかと思うと唇をかんだりして、それからすっかりぼんやりしてしまったから、またバルバラに見ぬかれてしまいました。赤ちゃんができたらどうしよう、と思っていたら、あっさり月のものが来たのです。ほっとしたの半分、がっかり半分です。
 そんなことじゃいけません、と、バルバラにこってりしぼられました。
 前はバルバラは、「入っていったは生娘だのに、出てきたときはもう女」、なんていう、卑わいな歌を歌ったりして、さんざんわたしをからかったものだけど、わたしがその相談をしたら、きゅうに真剣な顔つきになって、それからそういうおふざけをぴたりとやめてしまいました。
「もちろんそんなことになったら、わたしが田舎の親に頼んで、お嬢さまをかくまってさしあげます。でもね、お嬢さま、それでどうにかなると思ったら大まちがいですよ。いまの世の中、父なし子を産んだ女がどんな目に遭うか、本当にわかっておいでですか。石を投げつけられるくらいじゃすまないんですよ。しゃんとなさってくださいませ。お嬢さまお一人の問題じゃありません。これだけうわさになっていて、このお家のお名に傷がつかないとでもお思いですか。殿と若殿のお立場はどうなります」
 そうね、バルバラ、本当にそうね。現実的では、なかった。わたしはちょっとだけ、夢を見てしまったのです。あのかたのお子だったら、きっととてつもなく可愛いにちがいないって。名前も決めていたの。あのかたのお父さまの大王さまが、あのかたと同じハムレットというお名だったから、赤ちゃんにも、ハムレットとつけるつもりでした。なぜか男の子だと思っていました。だけど、本当にばかだった。わたしはお母さまに、この家を守るとお約束したのだから、人に指をさされるようなことは、けっしてけっして、してはならなかったのです。
 バルバラはわたしに、怖い話をしてくれました。マルゴという娘が子どもを産んでこまりはて、その子を水に沈めて、自分も首をくくったのだそうです。お嬢さまがそんなことになってはいけませんと、バルバラがじだんだを踏んで叫ぶので、わたしも泣いて、そのマルゴという娘と赤ちゃんのために祈りました。バルバラ、ありがとう。
「でも、しゃんとするって、どうしたらいいの?」
「うーん」バルバラは腕を組んで、考えこみました。わたしと同い年なのに、とっても姉さんぶってふるまうのです。「女って、損ですよねえ。女のほうから殿方を拒むのは、いろんな意味でむずかしいもの」
「いろんな意味でね」わたしはため息をつきました。
「そ、とくに殿方の家柄が格上の場合は」バルバラはこぶしを腰に当て、ひたいにしわを寄せて、分別くさい顔つきをしてみせました。「でも、ま、お嬢さま、がんばりましょう、わたしたち。自分のからだは、自分で守らなきゃ」
 そうなんだけど、どうしたらいいのかしら。
 あらためて見ると、自分のひたいや、のどもと、きものにおおわれていない部分が、ひどくむきだしのような気がしてきました。知恵の実を食べてはずかしくなって、葉っぱでからだをおおったイヴの気持ちが、はじめてわかりました。わたしはお母さまにいただいた薄絹(チュール)のヴェールをとり出して、かけてみました。少し、落ちつきます。今日はこれから、宮中におつとめにあがっているお父さまに頼まれたご本をとどけにいくから、誰かにそのヴェールどうしたのと訊かれたら、帰りに教会に寄るのでと言ってみよう。
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