悪魔に売ったモノ

文字数 1,920文字

利害の一致

『夢なんて持ったところで何になる?』

『夢があったら食べていけるのか?』

『え? お金が入ったらどうするかって? 貯金に決まってるじゃん』





「最近つまんね~なぁ」



 雑居ビルの屋上、暇そうに寝転ぶ悪魔。ゴロゴロと暇そうだが実は暇ではない。本日の営業先を探す為、ただいま人の心を覗いているのだ。



「もっとこう、夢! 野望! 情熱! なんていうアッツアツで質のいい魂は無いもんかなぁ。『夢なんてな~い』なんて、やる気のない魂なんざ~食ったところでスッカスカ。つまらな過ぎて消化不良おこすわ」



『……てやる、絶対に売れてやる! 日本一の漫画家に俺はなってやるぅ~!!』



 !!

 悪魔の耳に久々の熱い叫びが入ってきた。



「これはこれは上物だね」



 そう言うや否や、悪魔は漆黒の翼を広げ、屋上から姿を消した。



 * * *



 パパパパン パパパパン



 クラッカーが鳴り響き、その場の空気を切り裂いた。六畳一間の薄暗く乱雑な部屋。そしてこの音に反応もせず、黙々と机に向かう謎の男。



「パンパカパーン!! おめでとうございます! あなたは悪魔の契約者になれる権限を手にしましたー……」



 騒がしくド派手に登場した悪魔。しかし、当の契約者(仮)の男は、振り向くことなく机に向かっていた。

 悪魔はその後も何度か声をかけるが、その都度無視される。暇をもて余した悪魔は、とりあえず部屋を見回す。絶妙なバランスで山になっているゴミ箱、積み重なった本、乾かし途中の原稿が至るところに置かれていた。



 悪魔、暇なのでゴミ箱の袋を替え、目につくゴミをひとまとめにする。本を棚に戻し並べ直すと、少し歩きやすくなった。そして、乾いた原稿を確認して1から順に集めた。



「お前まだ手書きの原稿描いてるのか? 今はデジタルでちょちょいだろ?」



「……っさい! うるさい! 簡単に言うな! 俺にはこだわりがあるんだ! ほっといてくれ」



 悪魔はにやりと笑う。



「ようやく喋った。しかも熱いねぇ、嫌いじゃないよ、そーゆーの。悪魔(おれ)と契約したら大成功間違いなしなんだけど、この話のってみないか? 魂と交換で♡」



「嫌だ。そんなの実力じゃない、俺は自分で描いたもので、自分の実力で認められたいんだ。悪魔の力で漫画家になったって嬉しくないや!」



 さすがに熱い男は違う、と悪魔は喜んだ。頑なで熱い心ほど、その魂は極上に美味いのだ。さて、問題は、この頑な男をどうやって契約まで運ぶかだな。悪魔は考えた。が、暇だ。なんせ男は相も変わらず漫画を描き続けているから。



「なぁ、これ、消しゴムかけてもいいか? 暇だし」



「え、あ、あぁ、いいけど、そんなことで魂なんてあげないぞ」



「暇だからって言っただろ、だいたい契約してねーし」



 悪魔、丁寧に原稿に消しゴムをかける。シワにならないように、それでいて消し残しがないように、しっかりと。すると、どうしても目に入るのがマンガの内容。



「なんかさー、キャラ似てるよな、これとこれ。いつもプンプン怒ってキレまくって、まるでオメェみてーだな。ははは」



「知らないくせに余計なこと言うな!」



「え? 俺ちゃんと最初から読んでるけど。今読者だし。それにさ、ちょっとこの言い回し、押し付け感強すぎて疲れるんだよね。もっとこうさ、自然に持っていこうぜ、せっかく話が面白いのにそーゆー小さなとこが勿体ないよな」



「……」



 男は黙った。そして悪魔に言った。



「……最初から作り直すと言ったら相談にのってくれるか? 相談も契約なのか? それなら別にいらないけど」



「いんや、相談料は無料だ」



 そこから男と悪魔は意見の出し合いが始まった。より良いものを作る為の読者と作者の考えの違い、伝わらないもどかしさと、それに対する明確な答え。2人の情熱が激しくぶつかり合った。時に悪魔は、食事や掃除などの身の回りの世話もした。男は沢山あった小さなストレスが減り、更にマンガに集中することが出来た。

 こうして、ひとつの作品が出来た。男も悪魔も、全てやるべきことを出しきったのだ。



 男はその後『奇跡の新星』と言われ、世間を騒がした。そう、漫画家としてのデビューは勿論のこと、その名を知らないものなどいないほど有名になっていた。



「悪魔よ、俺は念願の漫画家になれた。もう思い残すことはない。お前に魂をやる」



「は? 俺、契約してないけど。してないものはもらえないぞ」



「だって色々協力してくれたじゃないか、あれは何だったんだよ。契約だからじゃないのか?」



「あれは……楽しかったからに決まってるじゃんか。1回の美味い(めし)より、お前とまずい飯食いながらマンガ作る方が断然楽しいぞ。これからも一緒にやってこうな!」



 利害の一致。

 これぞ最高のパートナー。

 






 
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