人面犬の異世界転生

文字数 2,931文字

忘れ去られた怪異

 怪異とは、恐怖や噂話で生まれる妖怪の類い。『人面犬』その名前を覚えている人はいるだろうか。これでも30年程前は騒がれたものですよ。連日テレビで取り上げられてね、認知度も上がったんです。人々の噂や恐怖が膨らんで、怪異としての力は、あの時が1番でした。

 しかし、今ではその名前を口にするものはいない。だから怪異としての力もかなり弱まってしまった。『人面犬』は今、中年男性の顔をした、ただの野良犬なのです。


 『人面犬』がブレイクしたのは30年前だけど、俺、実は昔からいたんですよ。うーん、江戸時代くらいかな。その時は地味だけど、ちゃんと噂も囁かれていて、俺も細々とだけど平和に暮らしていたんです。

 それが30年前の大ブレイク!俺は都市伝説として注目を浴びた。いや~あの時は気持ち良かった。皆、俺を探していたし、噂や恐怖がいっぱいで俺、スキル増えちゃったもん。


 え?俺がどんな怪異か知りたいって?

 じゃ、ちょっとだけ話しちゃうね。


 飲み屋の裏路地でゴミをあさりをする野良犬、そして振り返ると人間の中年おっさん顔をしているのが『人面犬』。もしゴミあさりの最中に人間に注意されようものなら、「ほっといてくれ」「邪魔するなよ」と、これまたやる気のないおっさんの声で答える。そんな怪異が俺だよ。お茶目だろ?

 『人面犬』は人語を理解して話すことが出来る。勿論それだけじゃない。俺、これでも恐ろしいと言われたこともあるんだ。

 高速道路を100㎞で走行する。すごくない?で、車を追い越すのさ。追い越された車はどうなるかって?事故を起こすよ。しかも必ず!どうだい、俺、怖いだろ?泣いちゃうだろ?

 

 は~~~~~、


 ところが最近はどうだ……。

 いつものように路地裏でゴミをあさっていたら、酔った親父が俺を見て言ったんだ、「あ、あれ、あれ、何だっけ?ここまで出かかってるんだけど……えーと、えーと、そ、そう『人面犬』がははは!そうだ『人面犬』だ!」と名前を思い出してスッキリして去っていったよ。

 え?え?それだけ?って思ったね。だって恐怖は?いやいや、それどころか笑ってたよね!ショックだったよ。俺、いつから笑われる存在になったんだろって。


 俺はその時自分の前足を見たんだ。すると、ちょっと体が透けてたんだよね、もしかしたら怪異としての寿命が近いのかもしれないと思った。


 数日後、俺はまた飲み屋の路地裏でゴミをあさっていた。呂律の回らない酔っぱらいの声がする。肩を組んだ千鳥足の男2人。よし、やつらが来たら振り返って怖がらせてやる。そしたらきっと俺の体も復活するはずだ。噂にしてくれたらなおのこと助かるんだけど。

 そう思いながら、人間が近くに来るのを待った。俺の背後まであと少し、3…2…1…

 クルッ 


「人間じゃないか……」


「!!」


 若い男達は固まった。

 ふふふ、そうであろう、怖いであろう!恐怖で言葉にもならないであろう!


「ふぉふぉふぉ!」


「あ、その声やっぱり吉田だ!」


 と、1人が言うと、「吉田って誰だ?」と続く。「え?1年3組の吉田あきら」「は?中学か?」「いやいや、小学生♪」「な、お前も覚えてるだろ?吉田、ズボンの下にパジャマ履いてたやつ、なぁ!」「知らねぇよ、だいたい俺ら社会人になってからの付き合いだし」などと話しながら、俺の前を通りすぎた。


 俺、吉田あきらじゃないです。


 あれ、なんか視界がぼやけてきた、もしかして俺消えるのか?あぁ、そうか、もう名前さえも出てこないもんな。怪異として維持出来なくなったんだ……

 俺は重くなる目蓋をそっと閉じた。



……あわれな人面犬よ、お前はまた生きたいと願うか?もしまた生きたいと願うならば、別の世界で、別の生き物として生かしてやるぞ……


 優しそうなじいさんの声がした。これは神様なのか?


「あぁ、生きたいね。今度は怪異のように忘れられたら消える存在でなく、普通の人間に生まれ変わりたいよ」


 俺はそう言うと、温かな光に包まれた。まるで綿菓子の上にでも乗ったみたいだ。ふわふわと不思議な感じがする。


……わかった。ではお前さんを異世界に送る。そしてこれからは人間として生きるが良い、あ、折角じゃから今の記憶とスキルもそのままにしておいてやろう。なあに、皆に振り回されて不憫だったからな、これはワシからの餞別じゃ。魔物も沢山おるが、頑張って生きるのじゃぞぉ……


「え?魔物って……」


 俺は慌てて目を開けた、

 するとそこには、見たこともない空が広がっていた。羽根のはえたトカゲが空を飛び、どういう原理か島も浮いている。


 これが異世界?なんじゃこりゃ……


 とりあえず、寝転びながら自分の姿を確認した。前足が確かに人の手になっている。うぉ!足もちゃんと人間のものだ。ちょっとだけ感動して涙が出た。すると、


 ドスッ!


 倒れていた俺の顔スレッスレに斧が刺さり、斧からビイイインという音が響いた。


「おっと、外しちまった」


 声の方を見ると、大柄な人のようだが、顔は猪だ。しかも緑色の。なんだこれ、気持ち悪い。人間なのか?

 いやいや、これは人間じゃないぞ、俺、コイツに襲われてるじゃないか!まずは逃げないと、命が危ない。


 俺はすぐさま立ち上がり走った。これでも一時は人を怖がらせた怪異だ。神様!スキルマックスの状態での転生をありがとうございます!ただいま100㎞で爆走中です!

 え?ヤツも追ってきたー?しかも早い!まさかヤツも怪異なのか?あ、『魔物』ってやつか!確かにあの姿はそうなのかもしれない。

 しかし、これはマズイ。実にマズイ。折角転生したというのに、自分の容姿も見れずに5分で終了とかマジでありえない!


 目の前には大きな山がある、あれ?しかも動く山?まぁ、島も浮いているくらいだから、山だって動くだろう!そう思い、山の横をすり抜け先へと進んだ。すると、大きな地鳴りと共に山が崩れ出した。

 な、な、な、何なんだ?


 振り向くと、追ってきてたはずの『魔物』がいない。どうやらこの土砂崩れに巻き込まれたみたいだ。


 ピコン

 空中に文字が現れる。


『緑猪を倒しました。レベルが10に上がります』


「あ、あれ緑猪っていうんだ。なるほど、この世界はゲームみたいなものか?」


 ピコン

 また文字が現れた。


『スキル、『すり抜け』を使って巨大山人を事故にあわせました。レベルが1000000000に上がります』


 は?

 あの山も倒して良かったんだ。というか、倒してしまったのか。こんなところで前の力が役にたつとは、ラッキーとしか言えない。

 ところで、これレベルいくつだ?0が多すぎて、どこまで上がったのか、よくわからん。


 ピコン

 レベルが上がりましたので進化を始めます。

『人間』⏩『大魔王』

 ぱんぱかぱーーーーん!

 おめでとうございます!

 あなたは生態系のトップになりました!!

 お城を建てて、自由気ままに、好き放題生きてください。


 忍者の煙幕?ぽんっという音と煙で、俺の姿が変わった。頭の両サイドには角、身体中にはみなぎる魔力、中二病もビックリの暗黒衣装と禍々しい小物達。

 そして頭上からは、いかにも魔王という音楽が流れてきた。


「大魔王?俺、もう人間じゃないのか?」







 

 
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