昨日失くした涙

文字数 2,024文字

 依頼は突然に

 自動ドアが開き、来店を知らせるメロディーが流れる。古本屋の奥で小さく座る老婆が、本を閉じ顔をあげた。

「いらっしゃい……おや、あんたらかい。ぶち、お迎えだよ」

 老婆が声をかけたのは、店の奥にある住居スペース。のっそりと登場する白地に黒ぶちの猫。鼻の横にホクロのような大きなぶちが特徴的だ。

 ぶちは「にゃ」と一言発して、迎えに来た茶トラと黒の2匹の猫と共に外へと出た。

***

 さて、ここからは猫社会!
(ФωФ)にゃ!

 古本屋を出たオレ達は、いつも猫が集まる広場へとやって来た。広場といっても商店街の空き店舗を取り壊した跡地で、商店街のちょっとした物置も兼ねていた。

 積み重なった木箱の上は日差しがよく当たり、猫に人気のひなたぼっこスペース。しかし、そこには見たことの無い猫が寝ていた。白く色艶のよい、大人になりきれていない、少女猫が1匹。

「あの子なに?」

「あ、あぁ、あれが今回の依頼猫です。ぶちさんの力で何とかしてあげてくださいよ」

 茶トラのチャトラン(飼い主:団子屋)がすがるような目で訴える。

「そうなんす、昨晩ずっと裏山から泣き声が聞こえていて、明るくなってから行ってみると、この子が泣き疲れて倒れていたっす。裏山は野良犬もいるし、とりあえずここの方が安全だと思って連れてきたっす。どうも訳アリのようで……」

 黒猫のクロウ(飼い主:豆腐屋)もすがる目で訴える。2匹はオレよりも若く、困ったことがあるとすぐにオレを頼る。まぁ、オレとしても悪い気はしないが、2匹がこんな調子だから、いつしか商店街の『何でも屋』をやらされていた。

 オレは白猫のそばに行き、「お嬢、起きてるか?」と尋ねた。白猫は静か目を開き、ゆっくりと体を伸ばした。

「あ、あなたが何でも屋のぶちさんですか?」

「……まぁ、厄介事担当な、『古本屋のぶち』だ、よろしく。で、オレにどんな用なんだい?」

「私、昨晩泣いてたみたいで、その涙の訳を一緒に探して欲しいのです」

 オレは驚いてチャトランとクロウの顔を見た。すると「そーゆーことなんすよ」と半ば呆れたような顔で、面倒事はごめんとばかりに2匹は姿を消してしまった。残されたのは白猫とオレだけ。

「あんた自分のことだろ?他猫がわかるもんでもないだろうよ、それよりまず名前は?何でここに来たの?」

「……覚えてないです」

 白猫はどうやら記憶喪失らしい。
 とりあえず白猫を古本屋に連れて行くことにした。まずは家の確保だ。

 自動ドアから店に入り、チャイムが鳴る、そして「ぶちや、おかえり」と、ばあさんがいつものようにオレを迎えてくれた。


「おや、その白猫は……もしかしてぶちのお嫁さんかい?そーさねぇ、じゃあ、名前はシロでどうだい?真っ白のシロ!良い名だろ?」

 こうしてシロは、家と名前を手に入れた。
 さて、オレは依頼を受けたからには解決させなくてはいけない。とりあえずオレはシロを連れて商店街のパトロールに出掛けた。途中迷子の子猫を発見したが、子猫はオレの顔を見て怖がり、どこの子供かちっともわからん。

「じゃあ、お姉ちゃんとちょっと遊ぼうか」

 シロが子供をあやしてくれたおかげで、なんとか親を探し出すことが出来た。

 次の日もシロを連れてパトロールに出掛けると、商店街に泥棒猫が現れた!我々の縄張りに入り込むなど許せん!シロ、チャトラン、クロウと協力して、泥棒猫を引っ捕らえた。

 そして魚を盗られた魚屋のジンベイさんに泥棒猫をつきだした。オレ達はご褒美の鰹節をたっぷりともらい、夜遅くまで広場で歌い踊った。

 シロはいつしか商店街にはなくてはならない存在になっていき、オレにとっても大事な猫になっていた。そして月日は流れ、

「みんなあなたにそっくりよ!」

 シロは5匹の母猫になった。

 オレ似の黒ぶちがゴロゴロといる。可哀想にホクロのぶちもしっかり受け継いでいる。

「シロに似たら美人だったのにな」

 オレが呟くと、

「私はあなたに似ていて嬉しい」

 と笑う。最高の奥さんだ。



 しかし別れは必ず来る。

「ごめん、シロ、君の涙の訳を最後まで探せなかった」

「生まれて半年の記憶より、あなたと過ごした10年の方が大きいのよ。私はずっと幸せなの。あの時から今も」

 シロの言葉を聞きながらオレは静かに目を閉じた。本当に幸せな一生だった。

***

 ぶち、私はあなたに1つだけ嘘をつきました。私は記憶を失くしていない。私、前の飼い主から逃げてきたの。

 生後半年、その日私は避妊の手術を受ける予定だった。でも、逃げた。あなたの子供を生みたくて。

 手術を受ける前、飼い主がたまたま寄った商店街。そこであなたを見てしまった。運命を感じたわ。一目惚れってあるのね。どうしてもあなたの子供が欲しくて必死になって逃げたの。逃げて逃げて、ようやく商店街に着いた時、私、嬉しくて泣いた。でも、これは内緒、こんな押し掛け女房だなんて、口が避けても言えない。この事は墓場まで持っていきますね。



 




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